太陽のまちから

「自己肯定感」を奪うのは誰か

  • 保坂展人
  • 2014年11月11日

 このところ、子育て世代を対象として、「自己肯定感」をテーマに話す機会が増えています。夏に保育ジャーナリストの猪熊弘子さんと対談して以来、学校や地域単位で語る機会が何度かありました。

 自己肯定感とは、心の奥底で自分の存在を承認し、長所だけでなく欠点も含めて自分には価値があると思えることです。簡単なことのようでありながら、そこにたどりつけないで悩んでいる人は意外と多いようです。

 私がこの言葉にたどりついたのは、子ども時代にいじめを受けて深く傷ついた若者たちとの対話を通してでした。「おまえの顔を見たくない」「消えてしまえ」「まだ生きていたのか」など、みずからの存在を土台からくつがえすような罵詈雑言を浴びせられ、嫌がらせや暴力を受けるなかで、自分の価値を認められなくなっていくといいます。

 たとえ学校を卒業をしても、その傷は癒えるどころか、自分で自分を責めようになるのです。「自分の存在価値はない」「いいところなど何もない人間だ」「誰からも必要とされていない」と、否定的な感情と言葉が心の内側で渦巻き、「自分いじめ」に苦しむようになるのです。

 ところが近年、いじめを受けていなくても、子どもたちは全般的に自己肯定感を持ちづらくなっているようです。

 世田谷区の小中学生2千6百人に聞いた区の調査(2011年)によると、「自分自身が好きですか」という質問に対して「はい」と答えたのは、小学5年生で52%、中学2年生では32%まで落ちています。年齢を重ねるごとに、子どもの自己肯定感が下がっていることがわかります。

 また、「他の人から必要とされていると思いますか」という問いに「はい」と答えたのは、小学5年生で41%、中学2年生では31%となっています。

「自分自身が好き」に「いいえ」と答え、「他の人から必要とされている」にも「いいえ」と答える子どもたちがたいへん多いことに驚きます。中学生の7割近くが、「自分のことはあまり好きではないし、他の人から必要とされていない」と感じているという現実が今、私たちの前にあるのです。

 そうした傾向は社会に出てからも変わりません。

 今の若者たちが直面しているのは、まるでこのところの気象異変のように様変わりした労働市場です。就職活動(就活)で50社、60社と書類審査や面接で落とされたことで自信を失い、一歩も外に出ることができなくなった若者がいます。自殺予防対策に取り組むNPO法人ライフリンクの調査によると、就活中に「本気で死にたい、消えたい」と思った都内の学生は120人中26人、割合にすると約2割にものぼります。

 しかも、会社や企業は社員に対してドライになりました。自分のふるまいを職場にあわせ、企業の要求に全人格をかけてこたえても、業績悪化となれば人員整理は当然のように行なわれます。「一生面倒を見てくれる」と信じることができる疑似共同体としての会社はもはや、そう多くはありません。

 全身が疲労困憊するぐらい働いても、貯蓄をすることも、未来に希望を持つこともできない雇用条件。そのため結婚に踏み切れず、少子化社会・人口減少社会が加速しています。

 ワーキングプアという言葉が一挙に広がったのは、2006年夏に放送されたNHKのドキュメンタリー番組からでした。08年の「リーマンショック」で製造業の現場から契約を打ち切られた大量の若年労働者が行き場を失い、暮れに日比谷公園に登場した「年越し派遣村」は、私たちの社会の急激な変貌を見せつけました。「一億総中流」と呼ばれた社会はとっくに壊れていて、「格差」が広がっていることが露わになったのです。

 問題は、非正規労働者にとどまりませんでした。「就職氷河期」の厳しい状況にあって、たとえ正社員でも賃金や待遇は悪化していくケースが目立つようになりました。ブラック企業と呼ばれる会社で、「賃金は最低限、責任は無限」という悪条件の下、サービス残業を重ねて過労死にまで追い詰められる若者が出てきました。

 そうした状況下では、自己肯定感を得ることなど夢のまた夢というのが実情でしょう。

 こうした社会の変化を理屈ではわかっても実感できないという人たちが、若者たちの親世代である50代以上に少なくないように思います。高望みをせずコツコツと仕事を積み上げていけば、成長の階段をみんなで登っていけた時代の体感記憶が強いのでしょう。会社のために無理をしたり、ガムシャラに働くけれど、いざという時には会社が守ってくれるという安心感がありました。「寄らば大樹の陰」とよく言われたものです。

 しかし、時代は変わりました。「いい学校を出て、大きな会社に入れば、生涯安心」という神話は、子育て世代にはありません。厳しい就職氷河期をくぐり抜け、デフレ経済と生活のダウンサイジングを経験し、努力が未来を保証してくれるとは限らない日々を生きています。

 そうしたなか、豊かな人生や幸福とは何かを問いながら、子育てや学びを考え直そうという機運がじわじわと広がってきたように感じます。学歴や会社名、収入といった外形的価値よりも、その人が持つ固有の内面的価値に重きを置いて人生を考えてみる、そんなパラダイムシフトが起きていく前夜に私たちはいます。

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PROFILE

保坂展人(ほさか・のぶと)

1955年、宮城県仙台市生まれ。世田谷区長。高校進学時の内申書をめぐり、16年間の「内申書裁判」をたたかう。教育ジャーナリストを経て、1996年より2009年まで衆議院議員を3期11年(03~05年除く)務める。2011年4月より現職。『闘う区長』(集英社新書)ほか著書多数。


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