鎌倉から、ものがたり。

<8>孤独が似合う、豆勝負の「コーヒー屋」

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2015年1月16日

カウンターの中に立つ石川新一さん

  • カウンターの中に立つ石川新一さん

  • 店で扱うコーヒー豆はこだわり抜いたもの

  • 奥の小窓から見える植栽が、店内の雰囲気をつくる

  • ピカピカに手入れされている焙煎機

  • やさしい外光が入る店内

  • 選び抜いた豆と、それに適した焙煎・淹れ方から1杯のコーヒーが生まれる

  • ギフトボックスのパッケージ

(前篇はこちら

 北鎌倉の奥まった住宅街にある「石かわ珈琲」は、店主の石川新一さん(46)が「本物のコーヒーを知ってもらいたい」という思いで、2009年にオープンした店だ。

 木造の手触りを随所に生かした店内には、コーヒーと自家製のお菓子が味わえる木のテーブル席がある。昭和時代に建てられた築45年の家は、工務店の人と一緒にペンキ塗りをしながら、かつての面影も残しつつ改装した。

 観光名所の明月院が近いせいか、グループ客も多いが、石川さんの意識の中で、ここはカフェではなく、あくまでも「コーヒー屋」だ。

「もちろんゆっくりとくつろいでいただきたいのですが、店の主体はコーヒーを売ること。お客さまに、ここをコーヒーの試飲場のように使っていただき、好きな味を見つけていただくことが理想なんです」

 会社員から方向転換して、自分ならではの店づくりに取り組みはじめたころ、先行きに不安を感じることがあった。その時、めぐり合わせのように声をかけてくれたのが、能登半島で「二三味(にざみ)珈琲」を営む二三味葉子さんだった。

 二三味さんは、石川さんが堀口珈琲(世田谷区)に勤務するより前に同店で働いていた、新世代の焙煎(ばいせん)人の1人。故郷にあった祖父の船小屋を改装した二三味珈琲は、日本海に夕陽が沈む時が閉店時刻、というロマンティックなストーリーとともに、全国のコーヒー好きが訪れる名所になっていた。

 二三味さんは2番目のお子さんの産休中に、焙煎を担当してくれる人を探していた。ちょうど1年前、石川さんは堀口珈琲門下の1人として能登をたずね、「僕もいずれ独立したいんです」と、二三味さんに話していた。そのことを覚えてくれていたのだ。

 3カ月の限定期間とはいえ、焙煎の経験がまだ浅い自分に務められるのか、と石川さんには迷いもあった。しかし、「難しいこだわりは必要ない。味が分かれば大丈夫」という二三味さんの言葉で、逆に「これはチャンスだ」と思い直した。

 手伝いをはじめてびっくりしたのは、普通のコーヒー屋の1年相当の量を、二三味珈琲では1カ月で焙煎していたことだ。日々の中で、腕はいやがおうでも上がり、近隣に点在する珠洲焼(陶器)の工房や陶芸ギャラリーのオーナー、作家たちと仲良くなるというプラスアルファもあった。中でもいちばんの収穫は、「これほど不便な場所でも、味と姿勢が定まっていれば、ちゃんとコーヒーを売っていけるんだ」と、身をもって実感できたことだった。

 2009年にオープンした「石かわ珈琲」も、派手な宣伝とは無縁だったが、コーヒー好きの人たちの間で、口コミを通してじわじわと人気が広がっていった。今、店で一緒に働く奥さんの久美子さんは、オープンのひと月後にお客さんとして来店し、コーヒー談義で盛り上がった人だ。店はそんな縁も運んできた。

「僕は『本物のコーヒーを知ってもらいたい』なんて言いましたが、コーヒーには本来、本物も偽物もないですよね。ただ、豆には明確に品質があるんです。質の高い豆を選び、それぞれに合った焙煎をして、おいしく淹れる。そのプロセスを丁寧に踏むことで、コーヒーの持つ奥深い味わいを、お客さまにお伝えしたい。そう思っています」

 その味わいは、孤独の時間に似合う。グループもいいけれど、ぜひ1人か、気の合う2人でどうぞ。

(次回は1月23日に掲載する予定です)

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

 ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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