太陽のまちから

下北沢と2.2キロの線路跡地をデザインする

  • 文 保坂展人
  • 2015年3月3日

写真:線路跡地のうち下北沢駅周辺の商業施設イメージ=小田急電鉄提供 線路跡地のうち下北沢駅周辺の商業施設イメージ=小田急電鉄提供

 「地域から社会を変える」というテーマに取り組むとき、「100%の転換」でなければ不満だという人もいれば、「100%の現状維持」でなければ納得できないという人もいます。

 ひとつの例を挙げてみます。2009年秋、自民党から民主党への政権交代の目玉が「八ッ場(やんば)ダム建設中止」という打ち上げ花火だったことを覚えている人も多いと思います。

 私は、それまで何度か現地を訪れ、八ツ場ダム建設をめぐる長く複雑な経緯をいくらか知っていたため、「建設中止の理由はマニフェストに書いてあるから」という民主党の打ち出し方に不安を覚え、その行方に大きな危惧をもっていました。

 「ダム建設中止」と聞けば、誰もがダム工事が凍結されると思うでしょう。でも、よくよく聞いてみると、止まっているのは「ダム本体工事」だけでした。ダム本体というのは、ダム湖をせき止めるダムサイトのことで、ダム工事の一部にすぎません。道路や鉄道の付け替えなど、その他の関連工事の多くは予定通りに進んでいたのです。「ダム建設中止」が脱官僚政治の切り札に見えたのは一瞬のことでした。

 その後の取材を通して、私は、「ダム本体工事」も再開に向かうだろう、と確信するようになりました。実際、政権交代から2年あまりして、民主党政権は方針を転換しました。

 「100%の転換」を大上段に振りかざしたものの、「100%の推進」に転じてしまった苦い例です。 話し合いや住民合意には時間がかかり、長年にわたる対立の歴史をひもといていくには地道な努力が必要です。

 私が世田谷区長に就任した2011年4月、下北沢を中心としたまちづくりは大きな懸案のひとつでした。道路や駅前広場の計画が進められていましたが、私は、小田急線の地下化にともなって生まれる、代々木上原から梅ケ丘まで2・2キロにおよぶ線路跡地(上部利用と呼びます)の利用プランを見直しました。

 なにより、東日本大震災の経験を生かした防災機能と緑の充実を機軸に据えました。防火水槽・防災倉庫を増やしたほか、緑地などを4倍に拡大、さらに立体緑地1750平方メートルを加えました。また、日常は歩行者・自転車専用で、災害時には緊急車両が通行可能な4メートル幅の通路を通し、駅前の駐輪場や駐車場を覆う立体緑地にデッキ状の通路を通すなど、計画を修正したのです。

 私なりのイメージについては、小田急線が地上から姿を消した2年前に、このコラムで書いています。(2013年4月2日、「カオスのまち・下北沢の変わらぬ魅力」)

 一方で、駅前広場や周辺の道路建設についてはすでに用地買収の途上にあることなどから、従来の計画通りに進めることとしました。「100%の転換」でも「100%の推進」でもなく、全体のバランスを考えて判断したつもりです。ただ、駅前広場や道路についても下北沢のにぎわいや魅力を損ねずに一体性のあるまちづくりを進めていきたいと思います。

 2月28日、この線路跡地の利用のあり方について住民の方々が話し合う、第2回「北沢デザイン会議」で、私はこう話しました。

「皆さんの参加をえながら、人間中心の『歩いて楽しいまちづくり』を目指していくつもりです」

 この問題を考える上で大きな示唆を与えてくれたのが、「線路跡地の会」(現「グリーンライン下北沢」)を主宰していた高橋ユリカさん(2014年8月没)でした。ユリカさんはジャーナリストで、自らが暮らす下北沢のまちに強い関心を抱き、アメリカで先進的なまちづくりを進めるオレゴン州ポートランドやニューヨークで新たな名所となったハイラインを訪れて、人間中心の都市デザインがどれだけ大きな可能性をひらいていくか、熱弁をふるって説明してくれました。(「人間中心の暮らし願ったジャーナリストの死」 2014年9月2日)

 そのユリカさんが亡くなる直前まで執筆していた『シモキタらしさのDNA』(建築家の小林正美さんとの共著、エクスナレッジ刊)が近く刊行されるそうです。

 北沢デザイン会議での議論をもとに、住民を対象にした「上部利用デザインワークショップ」が開かれ、三つのデザインコンセプトができあがった、と報告を受けています。

 1.四季を感じ、みんなにやさしい空間が、多様な人をつなぐ
 2.街の記憶や風景を映し、3駅につづく新たな路が、私たちの地域をつなぐ
 3.みんなで創り育て、ゆるやかに変わる場所が、時を超え心をつなぐ

 線路跡地では、小田急電鉄が整備する商業施設などの部分と、世田谷区が整備する通路・緑地などの部分で構成されます。三つのデザインコンセプトが「つなぐ」で重なっているように、「ひとつながりの魅力的な空間」をめざして、これから「トータルデザイン指針」(仮称)を作成するつもりです。そのためのデザインアドバイザーを、東京大学大学院教授の出口敦さんにお願いしました。

 長い年月に渡って議論されてきた下北沢を中心としたまちづくりは、これから新たな段階に入ります。環7にかかっていた小田急線の鉄橋部分が撤去され、幅5メートルの橋がかかり、4月からゆったりと歩けるようになります。

 ただ、全体が完成するまでにはまだしばらく時間がかかります。東京オリンピック前年の2019年には「ひとつながり」の姿をあらわす予定です。

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PROFILE

保坂展人(ほさか・のぶと)

1955年、宮城県仙台市生まれ。世田谷区長。高校進学時の内申書をめぐり、16年間の「内申書裁判」をたたかう。教育ジャーナリストを経て、1996年より2009年まで衆議院議員を3期11年(03~05年除く)務める。2011年4月より現職。『闘う区長』(集英社新書)ほか著書多数。

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