東京の台所

<97>食い道楽の父の影響で、女魯山人に

  • 文・写真 大平一枝
  • 2015年3月18日

  

〈住人プロフィール〉
 料理教室主宰(女性)・67歳
 戸建て・5LDK・小田急線 成城学園前駅(世田谷区)
 入居26年・築26年
 夫(会社経営・67歳)と2人暮らし

 敷地200坪、建坪70坪に2人で暮らす。互いに子連れの再婚同士。26年前に家を建てたときは小さかった子どもたちもそれぞれ巣立ち、今は孫もいる。明るく社交的な夫婦は友だちが多い。月に2回、懐石料理を自宅で振る舞っている。

「教えるというより、私が全部作ってレシピをお渡しする、いわばレシピ付き食事会ですね。料理は独学ですが、幼い頃から食通の父に連れられて京都の吉兆や名古屋の八勝館という料亭に行っていたので。母からも教わり自然に身につきました」

 父は名古屋で会社を経営していた。食べることに並々ならぬ情熱を傾ける人で、好きな料亭やレストランに母と連れ立って行き、ときには厨房(ちゅうぼう)に入ってどう作るのかを尋(たず)ねたりすることもあった。母に作って欲しかったんでしょう、と彼女は振り返る。

 末っ子だったのでとくにかわいがられ、小学生の頃からすっぽんやふぐを口にし、クラブや花街にもついていった。

「料亭から鴨肉を取り寄せたり、ひいきの歌舞伎役者を招いたり。父は家で母の手料理を食べるのも好きでした。おいしいもの好きは、父の影響でしょうね」

 今の夫もまた食通で、食べ歩きも大好き。再婚を反対され、10年間口をきいてもらえなかった義母と、時を隔てて心を許しあったあるとき、ふとこう言われた。

「息子が食いしん坊だから、あなたみたいな料理が上手な人でよかったわ」

 その後、義母は自宅をマンションに建て替えるため1年間、仮住まいをした。その間、毎日、夕食を一緒に食べた。

「あの経験は大きかったかもしれません。義母は博識で、歴史も歌舞伎もなんでも詳しくて、しかもお酒好き。食事をしていてとても楽しいのです。今月も2人で温泉に行くんですよ」

 年に2カ月は暮らすハワイの別荘で気づいたことがある。

「四季があるってなんてすばらしいのだろう、と。日本に帰ると、2カ月前とは食材ががらりと変わっていますから。ハワイは1年中食材が変わらないので、ついお肉になりがちです」

 日本は食材ごとに料理も器もしつらいも変わる。「だから料理が楽しくてしょうがないのです」と彼女は目を輝かせる。

 とはいえ、この広い台所も庭も、夫婦2人にはそろそろ手に負えなくなってきた。なにより、都心から遠いのが辛くなりそうだと予想している。

「銀座にお寿司を食べに行けば、帰りはタクシーで相当な額に。互いに年を重ねたら、移動は大変になるだろうなと。おいしいものが大好きですから、おいしいお店はそばにあった方がいい。そう遠くないうちに、できれば六本木や赤坂にあたりに住みたいなと思っています」

 日本画、蒔絵(まきえ)も手がける。

「魯山人は料理だけでなく書や絵、陶芸など幅広くたしなんだでしょう。私も女魯山人をめざそうと。だからブログのタイトルも“女魯山人”なの」

 美食家は興味の対象が料理だけにとどまらない。自作の漆黒の蒔絵盆に載せた懐石料理はどんな味がするのだろう。きっとそれは私の知らない味だ。

東京の台所 取材協力者募集

[PR]
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

&wの最新情報をチェック


&wの最新情報をチェック

Shopping