東京の台所

<98>不便を楽しむという暮らしの極意

  • 文・写真 大平一枝
  • 2015年3月25日

〈住人プロフィール〉
 建築士(女性)・44歳
 賃貸マンション・1K・東急大井町線 九品仏駅(世田谷区)
 入居5年・築40年
 ひとり暮らし

    ◇

 ごくふつうの古い賃貸マンション。しかし、扉を開けると、古道具が印象的な個性的な空間が広がる。

 祖母が使っていた文机が食卓がわり。祖父の本棚には食材と調味料を収納。その脇に、ベランダの水鉢で育てた綿花や蓮(はす)をドライフラワーにして飾ってある。実家でほこりをかぶっていたという古い革のトランクは磨いて油を塗り、洋服収納に活用。台所のふたつきゴミ箱は、建築用の養生シートを使った手作り。古道具や手作りが混じり合う、その発想がじつに自由で軽やかだ。

「実家が、よくある昭和の古い一軒家でして。今はもういませんが、祖父母も同居して賑(にぎ)やかでした。このマンションは断熱がなくてとっても寒いのですが、ひとり暮らしの住まいも、どこかにそういう家を懐かしむ気持ちがあるのかもしれませんね」

 建築設計者として会社勤めをしている。昼は弁当持参で、事務方の女性たちとワイワイ言いながら食べるのが楽しい。

「でも、ごはんを炊くときは大変なんです。コンロが2口しかなくて、鍋でごはんを炊くと、火ひとつでお弁当のおかずを作らなくちゃいけない。出勤時刻までにどうやりくりするか、あれこれ頭のなかで段取りしながら作ります」

 場所をとる炊飯器を置きたくないので、米は鍋で炊く。その水加減にもまた工夫がいる。

「すごくうまく炊ける日とそうでない日があります。気温や天気など、そのときそのときで水加減と火のタイミングが違う。そこを工夫するのが面白いですね」

 この家に越してから気づいたことがある。建築設計と料理はとても似ている、ということだ。

「時間内に、いかによいものを作るか。また、安いものを使うときはひと手間かけるとおいしくなるというところも共通しています」

 たとえば彼女は自分でほうじ茶を作る。安いお茶を買ってきて、フライパンで煎るだけで香ばしくなり、お店で買うよりずっとおいしくできあがるらしい。建物も、予算を抑えるときは、設計でひと手間加える。料理や米を炊くときに大事な「加減」と「段取り」の感覚も、建物作りには必要だ。時間があって、予算があって、工夫によってできばえが変わるところが、建築と料理は似ていると言う。

「ないならないなりにやるしかない。段取りを考えて効率よくというのは、ものづくりと同じですよね。それ考えるの、私、全然苦じゃないんです」

 ないときは足すのではなく、知恵と段取りでカバーする。その過程を楽しんでいる様子が、台所のあちこちから伝わってくる。かといって、手作りをことさら強調するような息苦しさもない。

「ほうじ茶もやってみたらすごくおいしいし、簡単だし、なーんだ、買わなくてもできるじゃんって思ったら面白くなって。ただの貧乏性なだけです」

 理屈じゃない。この遊び感覚こそ、彼女の暮らしの軽やかさを裏打ちする大事な要素である。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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