東京の台所

<99>5カ月限定。三ノ輪の仮住まいで見えたこと

  • 文・写真 大平一枝
  • 2015年4月1日

〈住人プロフィール〉
 契約社員(女性)・32歳
 マンスリーマンション・1K・東京メトロ日比谷線 三ノ輪駅(台東区)
 入居2カ月・築6カ月
 ひとり暮らし

    ◇

 高校を卒業して菓子製造の仕事に就いた。20歳で結婚したものの7年後、故郷の宮崎に戻った。さらに3年ほどして離婚が成立したのを機に、コールセンターの契約社員として働き出した。

 そんな自分がまさか東京に住むとは夢にも思わなかったと言う。

「会社から5カ月の契約で派遣されたので、ここはマンスリーマンションなんです。いつも宮崎で読んでいた『東京の台所』をこの部屋でながめながら、あっ、私、今、東京に住んでる。応募する資格あるんだ!って気づいて、すぐメールしちゃいました」

 必要最低限の家具が並んだ無機質なイメージを抱いて訪ねたら、全く様子が違った。分譲マンションの1室だそうで、玄関は人工大理石、フローリングや台所の建材も上質で、ベッドや机、茶箪笥(だんす)などのデザインもそれなりにこだわったものだった。

 料理道具はもちろん、ゴミ袋、洗剤、シャンプー、風呂用スポンジまでそろった至れり尽くせりの仕様。これなら思う存分料理もできて、東京のひとり暮らしをなんの不自由もなく満喫できそうだ。

「こんなに豪華で良いのかしらって申し訳なく思ってしまうくらいです。自分で食事を管理できないとストレスが溜まるので、毎日料理をしています。お昼も、節約を兼ねて、作り置きしたドライカレーやグリーンカレーを会社に持っていき、温めて食べています」

 住んでみてわかった東京の魅力はたくさんある。

「とにかく接客が素晴らしいですね。お客様が多いから自然に訓練できるのでしょうか。どんなお店でも丁寧で、客を不快にさせない。大事にされている感じがします。このサービスの感覚は故郷にはあまりないです」

 車にたよらず、老若男女みなよく歩く。どの街にもおいしいパンや、おしゃれなスーパーがある。駅ビルでなんでもそろい、便利で楽しい。マーケットや商店街など買い物の選択が豊富。家賃以外は、故郷と物価は変わらない。街ごとに個性があり、カラーが違う……。

 なにより、他人同士がさまざまな個性をゆるやかに認め合っていることにいちばん心を動かされた。

「髪が紫色のおじいちゃんでも、大丈夫かなこの人っていうようなフリーターっぽい若い子でも、まわりの人はじろじろ見ないし、それでいて視線が冷たいわけでもない。田舎は自然がいっぱいでいいねって言われるけれど、みんなが言うほど“いい人”が多いわけじゃありません。東京って人が多いから、みんなが暮らしやすいように思いあっているのではないでしょうか」

 かりそめの東京暮らしは同時に、故郷や自分の内面を俯瞰(ふかん)する機会にもなる。

「震災後、原発のない宮崎に移住してきて“本当の豊かな暮らしはここにある”と言う人がいます。本当にそのとおりなんだろうと思います。でも、田舎特有の生きづらさもある。関係が近いだけに、本音を言えないことも多い。結局、豊かさを一元化して言うことはできないし、しあわせの優先順位は人それぞれなんだと気づきました」

 東京で、福島産の米が安く売られているのを見た。自分は米や野菜を産地で選ぶことだけはよそうと思った。それは、生まれ育った串間市が、震災が起こる直前まで、原発誘致の住民投票が予定されていたことと関係している。

「原発ができれば就職先も増えて若者が地元に残るし、施設がいろいろできてにぎやかになると、震災前は本気で信じていました。でも串間に原発が誘致されて今回のような事故が起これば、私の見た“福島産の米”が“宮崎産の米”になります。いつ自分が当事者になるかわからない。視点だけはフェアでありたい。だから、おいしければどこでできたものであろうと買います」

 生活の豊かさと引き換えに原発を誘致した福島の痛みは、自分の痛みでもある。そう、彼女は考えている。地方に軸足をおきながら、ひととき東京住まいをしたからこそ見えたことはたくさんあり、それらはじつに示唆に富んでいる。

(次回は4月15日に掲載の予定です)

◆「東京の台所」が1冊にまとまり、平凡社から出版されました。購入はこちらから

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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