東京の台所

特別編<2> 台所から見えてくる「人生の断片」

  • 連載100回記念対談 平松洋子×大平一枝
  • 2015年4月24日

平松洋子さん(左)と大平一枝さん(撮影 石野明子)

  • 平松洋子さん(左)と大平一枝さん(撮影 石野明子)

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 &wの人気連載「東京の台所」が100回を数え、同名の単行本も出版された。これを記念して、筆者の大平一枝さんが、世界各地の食文化を取材するなど「食」をめぐる著書も多いエッセイストの平松洋子さんを迎え、「台所と暮らし」をテーマに対談した。その内容を再構成して5回にわけてお届けする2回目です。(構成 古川雅子) >>1回目はこちら

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大平一枝 ここからは、スライドをお見せしながらお話したいと思います。これが連載の第1回に登場してくださった方の台所です。雑誌の取材でお宅に伺ったときに、ちらっと目に入った台所が、もうステキで。決して広いわけではなく、よくある普通の2人暮らしのマンションです。今は製造していないメーカーの二口コンロのガステーブルを使っていて。ぱっと見たとき、竹とか自然素材が多くて、プラスチックがない。ああ、こだわりがある人だな、と直観的に思いました。

平松洋子 そうですね。台所の使い手が、自分は何をどう使いたいのかという意思が一目瞭然でわかります。

大平 次は、団地ですね。男性とお母さんの2人暮らしなんです。すごい懐かしくて。これ、よく見てください。2人暮らしなのに、同じソースが3本あるんですよ。昭和のお母さんって、買い置きするじゃないですか。ほら、ママレモンみたいな台所の洗剤も同じ銘柄が4本も。

平松 ああ、本当だ。

大平 2人暮らしで、洗剤はこんなにいらないでしょう? でも、長野にいる私の母もまさにそうで。あと、やたらと保存容器が棚の上にあるんです。

平松 あら、タッパーウエアがたくさん!

大平 日本の郷愁というのかな。こんなものを取材する人間は、ほかにあまりいないかもしれませんね。

人生の変わり目が見えてくる

大平 この4LDKの一軒家の台所の方は、取材したら「じつは来週、離婚するんです」とおっしゃって。この写真、ちょっとだけ寂しい感じがしませんか? よく見ると、戸が外れたりしているんですが、直していないんです。もう壊すから、と。

 この女性は漫画家で、かつては5人ぐらいアシスタントさんがいて、この台所にも入れ替わり立っていたそうです。でも、漫画から小説に軸足を移したので、アシスタントはおやめになったんですね。ご自身も結婚されて、お子さんが2人生まれて4人家族になったけど、これからは旦那さんがいなくなるので3人暮らしになるという。

平松 背景にはそれぞれの物語がある。写真の手前にある容器は、ぬか漬け?

大平 そうです。手前の黄色いプラスチックの桶がありますね。旦那さん、梅干しが大好きで、毎年20キロ漬けていたそうですが、桶の中をのぞいたら三つしか入っていなかった。「もう今年はさ、食べる人いないからさ」とおっしゃったのが寂しそうでしたね。

平松 アシスタントさんが5人ぐらいいらしたというようなお話をうかがうと、台所の風景にも、なんとなく「戦いすんで日が暮れて」っていう空気が漂っている感じがしますね。

大平 なんだか、台所の中から人生の変わり目が見えるような気がしてきます。

大平 100軒の台所を訪ね歩いてみたら、梅酒を漬けてる人とか、ぬか漬けをやってる人が多かったんです。

平松 それが東京の暮らしの中だというところに感ずるところがあります。

大平 むしろ、東京の方がそういう傾向があるのかも、と思うぐらい。若い女の子でも、「梅酒漬けてるんです」とか。あと、「塩レモン」って、レモンを発酵させる、塩漬けですね。あれも多かったなあ。

平松 ああ、去年の流行ですね。

大平 でも、たいがい、使いきってなかったです。下のほうに残っているのが腐ってたり(笑)。だから撮影はちゃんと料理に使っている方のものだけにしました。

平松 たくさん台所を拝見していて思ったのが、エレクターシェルフをはじめとする「ワイヤーシェルフ」を活用していらっしゃる台所、ものすごい多いですね。

大平 隙間家具の代名詞!

平松 あれって、幅とか高さとか、自分で好きなようにできる。私も、20代の頃は使っていたんですよ。だから、すごく懐かしかったです。

大平 ある意味、東京の狭い住宅事情ならではの、若い世代の通過儀礼みたいなものですね。狭い所でもちょっとおしゃれに見えるように演出して。塩レモンの瓶なんか並べてね。

平松 ええ。

大平 これは、「夜更けのグラス、夫婦ふたりだけのとき」というタイトルでご紹介した、カメラマンさんとデザイナーさんのお部屋。ここには写っていないんですけど、ダイニングテーブルの籠にコースターが何枚も入れてあって。「呑兵衛(のんべえ)だから、夫婦で延々と飲んじゃうと、机がびしょびしょになって。そのうち、いちいち台所に取りに行くのが面倒だから、コースターをテーブルに置いて次々に替えているんです」と。夜はいつも、BSで大好きな旅番組を観る。近くで買ったおいしい生ハムをつまみに、夫婦でワインを飲みながら。

 そんな話をうかがって、仲がいい2人だなあと思っていたら、取材の後、<じつはさっき言いそびれたんですが>とメールが来て。子どもを欲しかったのに授からなかったこと、長い話し合いをして、夫婦で新しい楽しみを見つけようとなった時に、ワインのある夜の語らいを重ねるようになったこと。濡れたコースターって「そういうことだったんだ」と初めてわかって。こんなふうに、「台所」から思いもよらぬ話を聞くことがあるんです。

平松 前段階もあらかじめなく全部を飛び越えて、「台所」からグッと親しくなっていくような。そこで握手する、ある種の仲間意識が育ちますよ。

大平 ほんと、そうですね。

平松 私も30代半ばから10年ぐらい、アジアを中心にいろいろなところへ出かけていって、現地の方の料理を拝見したり、台所道具のお話をうかがったりということを続けていました。こちらは最低限の情報しか知らないのに、いきなりその人の家の台所に行って、そこで肩を並べて立つ。そうすると、その人の中の最もデリケートな話がなぜか、ボロッと出てくるんですね。

 たとえば、自分の親兄弟にも、友達にも言えないような話を、私のような取材者に語ってくれる。どこか通じ合うところがあるけれど他者というような距離感じゃないとできない話というのが、人にはあるんだなと。やっぱり台所というのは、その人ならではの「自分の時間」が堆積(たいせき)しています。人に説明しても説明しきれない、それでも、何か大事なことがそこにある。

「お日様が調味してくれる」という時間感覚を写し取る

大平 そうですね。次の写真にいきますね。これは92歳の女性で、お孫さんが応募してくれて取材にうかがったんです。季節ごとに暮らしの作法をちゃんともっている方で。

お正月が終わったら鏡餅を割って、干して、あられにする。ご主人の仏壇にはいつもお供え物をしていてね。たとえば、お孫さんたちに誘われて蕎麦屋へ出かけると、そこでもう一つ分買って帰る。自分のお昼はいらないと思っても、「おじいちゃんの分は作ろう」と。

平松 きっと、このおばあちゃんにとっては心のつっかえ棒みたいに、おじいちゃんの存在が精神的な支えになっているんですよね。

大平 仏壇に向かって手を合わせることだとか、鏡餅を割ってあられにすることだとか、切り干し大根を作ることとか、ゆっくりした暮らしとか。私たちはそういうことをことさら素敵なことのように言いがちだけど、この世代のおばあちゃんたちは、みんな淡々とやってきたことなんですよね。私たちもできることは無理のない範囲で採り入れて、子どもたちの世代にも伝えられたらいいなと思います。切り干し大根までは私もまだまだだけど、鏡餅のあられぐらいはできるなと思って。

平松 丁寧に暮らすって、その主義主張が前にあって何かをするということよりも、たとえば「このお餅、ちょっと古くなってきたな」という時に、じゃあ、刻んであられにして揚げておこうとか。そういうささいなことに、人の生活を後押しする力がある。小さなことだけど、何かを進めることで、明日とかあさってとかにおのずとつながっていく。頭で考えて「今日もがんばらなくちゃ」ということじゃなくて、「昨日のあれがあるから、今日はこれだな」というように、暮らし自体が私たちの背中を押してくれる感じがありますね。

大平 平松さんもエッセイにお書きになっていますけど、「時間が一番の調味料」ということを、このおばあちゃんの暮らしからも実感しました。切り干し大根は、お日様が時間の中で調味してくれるというような感覚ですね。

平松 切干大根を干す情景は、私たちの心に何かずっと残りますね。

(第3回は4月28日に掲載する予定です)

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平松洋子(ひらまつ・ようこ)
1958年、岡山県倉敷市生まれ。東京女子大学文理学部社会学科卒業。アジアを中心として世界各地を取材し、食文化と暮らしをテーマに執筆活動を行う。2006年『買えない味』でドゥマゴ文学賞受賞。12年『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞受賞。近著に『今日はぶどうパン』(プレジデント社)、『いま教わりたい和食 銀座「馳走そっ啄」の仕事』(新潮社)など。最新刊に『洋子さんの本棚』(小川洋子との共著・集英社)。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。ホームぺージ「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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