東京の台所

特別編<4> 生活者としての精神的な強さを

  • 連載100回記念対談 平松洋子×大平一枝
  • 2015年5月1日

撮影 石野明子

  • 撮影 石野明子

  • 大平一枝さん

  • 平松洋子さん

 &wの人気連載「東京の台所」が100回を数え、同名の単行本も出版された。これを記念して、筆者の大平一枝さんが、世界各地の食文化を取材するなど「食」をめぐる著書も多いエッセイストの平松洋子さんを迎え、「台所と暮らし」をテーマに対談した。4回目では、映画で描かれた台所を通じて見えてくるものについての語らいをお届けする。

(構成 古川雅子)
>>3回目はこちら

    ◇

大平一枝 「東京の台所」で取材させていただいた100軒を分類していたときに、私がいいなと思う台所の共通性に気づいたんです。あんまりプラスチックがなくて、自然素材で、時がたてばたつほど美しくなる台所が一番かっこいいなと思って。それから、モノはそんなにいらない。空間もそんな広くなくていい。

一つの理想型は、あの周防正行監督の映画「舞妓はレディ」にでてくる置屋の台所なんです。もう一つは成瀬巳喜男監督の「めし」っていう映画で描かれているんです。三軒長屋の隅っこにある小さな台所。

平松洋子 必要最小限、煮炊きに必要なものだけが全部ある台所は、私にとっても、一つの理想形です。

大平 確か、1951(昭和26)年か52(昭和27)年。フライパンもちゃんとあって、上に蒸し器っぽいものも置かれていて。成瀬巳喜男というのは小津安二郎と違って、市井の路地ものというか、東京の路地を舞台にした普通の生活者の作品が多いんですね。

平松 私も成瀬巳喜男はとても好きな映画監督です。「流れる」も大好きですが、とりわけ「おかあさん」が心に残っています。

大平 はい、「おかあさん」もいいですね。

平松 「おかあさん」もやっぱり、つつましいというより、むしろ貧しい暮らしなんだけども、その中に人生の基本が全部あるという描き方がなされています。

大平 そう、「おかあさん」は当時、フランスに持っていったら、ルモンド紙が「つつましやかで清潔で無駄がない、なんてすばらしいんだ」と書いたという。日本の台所は清潔で、つつましやかで、丁寧だ。丁寧っていうふうにとらえられていたんですね。あのころの映画を見ると、モノの定量ってこのぐらいでいいんだなと。このぐらいで十分おいしいすき焼きもできるし、お客さんも呼べるし、台所というのはそんなにモノを足さなくてもいいんじゃないかな。取材する中で心惹(ひ)かれるのは、そういう台所が多いんですね。

平松 時代性もあると思いますね。やっぱり日本人にとってモノを増やしていくこと、所有することというのは生活の喜びであった時代というのが明らかにあったと思うんですね。それはさっきお話ししたように、昭和30年代からずっとうちの母の台所の変わり方を見ても、モノが新しくなるたびに、子どもの目にもものすごくキラキラして見えました。昭和はそういう時代だったと思います。高度経済成長時代にモノを持つことに大きな目的があった。ただ、それは否定するべきことでは全然なくて。そこには、その技術革新があっただろうし、技術の進歩を享受することによって私たちの暮らしというのは営まれてきた側面があると思うんですよ。

大平 そうですね。

平松 戦後ずっとそうですが、モノに対する満足感とか充足感だけが幸せの終着点ではないということ。高齢化社会を迎える中で、私たちはどう生きていくのか、身に迫っています。大平さんがさっきおっしゃったような、できるだけ少ないモノで、どう豊かに暮らしていくかということと、いよいよ向かい合うときに来ている。

少ないモノのなかには、今までとはちょっと違う充足があるんだということ。それは私自身もずっと考え続けたいと思っていることだし、その中で自分に何ができるのかなということを書きながら考えて、伝えていきたいと思っています。

大平 モノを少なくするって言うのは簡単だし、なんとなくかっこいい。でも、そういうことじゃなくて、例えば昔の生活に戻れるかというと戻れないんだけど、そこをめざしてみようとした時に私に何が必要かなと思ったら、たぶん生活の技術かなと思うのです。生活する技術は絶対、昔の人たちのほうが、さっきの(「めし」に出演していた)原節子さんの時代の人のほうが高かった。私たちは道具を使いこなせるけれども、安い旬の食材を使っておいしい料理を何品もこしらえて家族に食べさせる、という技術でいえば、あっちの人のほうが明らかに高い。

平松 ただ、技術が自分の中にはないと思いがちですが、私はやっぱり、その技術は自分で作り出す強さではないかと思うのです。昔の人って、生き方が強いというか、生きる力がすごく強いと思うんですね。「おかあさん」でもそうだけど、家族のみんなが団らんしている部屋でお兄さんは亡くなるし、そこでお弔いもするし。

大平 婚礼もあるし。

平松 そう。ひとの人生を舞台のように受け止めてゆくのが日本家屋の特徴でもありますね。でも、人が死んでも、楽しいことはあって、普通にご飯も食べて、みんなしんどいんだけど、今日もまた同じ畳の上でご飯を食べている。全部丸ごと引き受けていくというか、自分の中で受け入れて消化して次に進むわけです。それは生活技術ということでももちろんあるんだけれども、その生活技術を作り出す人間としての、生活者としての精神的な強さが技術を作り出すんじゃないかな、というふうに思うことが多いですね。

大平 どんなことがあっても、明日は必ずまたやってくるという。

平松 そうですね。寝れば絶対、次の日に朝が来る。そこは強くやっていきたいなと思いますね。

最終回につづく

    ◇

平松洋子(ひらまつ・ようこ)
1958年、岡山県倉敷市生まれ。東京女子大学文理学部社会学科卒業。アジアを中心として世界各地を取材し、食文化と暮らしをテーマに執筆活動を行う。2006年『買えない味』でドゥマゴ文学賞受賞。12年『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞受賞。近著に『今日はぶどうパン』(プレジデント社)、『いま教わりたい和食 銀座「馳走そっ啄」の仕事』(新潮社)など。最新刊に『洋子さんの本棚』(小川洋子との共著・集英社)。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。ホームぺージ「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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