東京の台所

特別編<5>大量消費文化からこぼれ落ちる人の営みを

  • 連載100回記念対談 平松洋子×大平一枝
  • 2015年5月7日

撮影 石野明子

  • 撮影 石野明子

  • 大平一枝さん(左)と平松洋子さん

  •   

 &wの人気連載「東京の台所」が100回を数え、同名の単行本も出版された。これを記念して、筆者の大平一枝さんが、世界各地の食文化を取材するなど「食」をめぐる著書も多いエッセイストの平松洋子さんを迎え、「台所と暮らし」をテーマに対談した。最終回では、お二人の自宅の台所をめぐるエピソードや、聴衆との質疑応答の模様をお届けする。
(構成 古川雅子)
>>4回目はこちら

    ◇

司会者 会場からご質問はありますでしょうか?

──私は住宅設計を仕事でしていて、台所という切り口で普通の人の生活が見る面白さを感じます。台所をテーマに連載していく面白さには最初から気づかれていたのですか?

大平一枝 それぞれの台所にそれぞれの人生の物語があるということは、取材してみてあらためてわかったことです。ただ、連載を始める前から、そうしたストーリーがいっぱい詰まっているかもしれないなという予感はありました。台所というものをちゃんと訪ね歩いてみたら、失われかけた人の暮らしの所作やならい、ひいては生活文化などが見えてきそうな気がしたんです。

──いろいろな人の台所を見て、自身たちの暮らしに何か採り入れたことはありますか?

平松洋子 「あっ、これでもいいんだ」と発想の転換がうながされたことはいっぱいあります。例えば、韓国とかタイとかインドネシアの方たちってけっこう床で作業することが多いんです。石臼でスパイスをすりつぶしたり、新聞紙をバーッと広げてざるを床に置いて、ゆっくり丁寧に作業したりする光景を何度も目にしました。台所って立ち仕事だけじゃないんだなと。

大平 キッチンの作業台だと、力を込めようにも、体重がかけられないですしね。私が「ああ、これでもいいんだ」と感じたのは、「東京の台所」に登場してくださった方々の中に、野菜を玄関に置いている人が何人かいたんです。下駄箱のスペースをうまく区分して、風通しのいいところにジャガイモとかを置いていて。

平松 そうすると台所はちょっと広くなるし、タマネギとかジャガイモとか、ちょっと玄関に取りに行けばいいですもんね。

大平 限られた広さの空間を有効に利用する工夫ですね。なるほど、と思いました。

紙やすりとはしご替わりの椅子が台所の必需品に

──お二人が今使っていらっしゃる台所で、お気に入りポイントは?

大平 (スライドで平松さんの台所の写真を出しながら)この中でお気に入りは? この丸い土鍋は?

平松 伊賀焼きの長谷製陶さんのものを使っています。シンクには、ガラスの瓶に庭の木をちょこっと差しています。うちはI型のキッチンで、振り向けばすぐ手に届く位置に全部がある、という狭さです。

大平 流れるような家事動線のキッチンという感じですね。

平松 動線というより、動きようがないっていう(笑)。後ろに手を回せば、菜箸が取れる。

大平 私は平松さんの台所を取材させていただいたことがあるんですが、台所に紙やすりが置いてあって、菜箸を紙やすりで削られているんですよね。

平松 そうです。よく覚えていますね。

大平 私の台所は、平松さんの家よりも狭いです。うちはコーポラティブハウスで、集合住宅の一戸ずつ設計が違うんですね。うちはキッチンにまで予算がまわらなくて(笑)。広角レンズで撮影しているので広そうに見えますが、台所に立ったら、後ろの台にお尻が当たっちゃうぐらいのスペースです。

平松 (スライドの写真を見ながら)I型で、構造は同じですね。

大平 構造は一緒ですよね。お気に入りというか、実は便利なので置いているのが、この赤い椅子。左上に、大工さんに作ってもらった戸棚があって、そこに手が届かないので、椅子が踏み台替わりになるんです。

平松 椅子ならぱっと移動できて、動きやすそうですね。

「お漬物レシピ」がコミュニケーションツールに

──私自身の台所と、実家の母の台所とでは全然、別物なんです。以前は同じ家で暮らして育ててもらったにもかかわらず。お二人の場合、ご実家の台所との共通点や違いはいかがですか?

平松 最初は父の実家に6年間住んでいて、そこは土間のある古い日本家屋でしたから、昔ながらの台所だったんですね。私が小学校に上がる時に両親が家を新築して、ガラッと洋風の暮らしに変わりました。いわゆるシステムキッチンになって。そのため、私は両極端の台所を見比べることができました。昭和40年代になると、日本の食卓も台所の景色もどんどん変わっていって。最初はガス釜でしたね。

大平 白と赤のボタンのある。

平松 それがある時、電気釜に変わって。こうした一つひとつの生活スタイルの変化をつぶさに見てこられたことは、私にとって重要でしたね。よく思い出すのは、昭和40年代のはじめ頃、応接間で近所の母の友人たちが集まって、料理の保存食の容器かなにかの販売会で集まっていたんですよ。

大平 「タッパーウエア」とか。時代に共通の光景ですね。

平松 応接間に集まった女性たちがすごく楽しそうで。新しいことを自分たちが始めているという輝きがありました。私は庭で遊びながらその様子を見ていて、生活が変わっていくことの楽しさをつぶさに感じ取っていました。

平松 大平さんのご実家はどんな台所でしたか?

大平 私は官舎住まいで、3年に1度のペースで引っ越す暮らしでした。だから、母がとにかく片付けやすくするんだと頑張っていましたね。その割に、モノは多いんです。ウスターソースなんか、いつも3本ぐらいあって。絶対いらないでしょ!っていうのに、買いためちゃう。母は引っ越すたびにモノを捨てるんだけど、また増えていくという。

 あと、母は漬け物づくりは欠かしませんでしたね。新しい官舎に移る度に、母がそこの先輩主婦の人たちの輪に入れてもらいながら漬け物とかお茶うけとかのつくり方を聞いていく。冷蔵庫にはいつも、母の手書きのメモが貼ってあって、習いたての漬け物のレシピが書きこまれていました。私は、そのレシピの数だけお母さんの友達が増えたんだなと思って見ていました。

平松 お漬け物というのは、女性同士のコミュニケーションツールでもあるんですね。

司会者 最後に一言ずつ、対談のご感想をお願いします。

平松 「東京の台所」という連載、そしてそれをまとめた新著には、東京という地域性だったり、今、同世代で生きている人たちの、台所という側面から見えてくる営みであったり、時代性だったり、とても複合的な要素が詰まっていると感じます。あとは、読み手がこれをどう読み解くか。写真から何を受け取るか。自分はどういう暮らしを選び取るのか。たくさんの問いを投げかけていますね。

 大平さんでなければできないお仕事だと思っていますので、これからも続けていただけたらと、読者としても思っております。

大平 身に余るお言葉、ありがたく思います。私自身、今の大量生産、大量消費の流れからこぼれ落ちそうなものとか、今をときめくものよりは、少し消えそうになってしまうけど尊いものとか、そうしたものを何とか文章を通じてすくい取れないかと思ってきました。それを今後も変わらず追いかけていこうと思っております。ご清聴いただきましてありがとうございました。(おわり)

    ◇

平松洋子(ひらまつ・ようこ)
1958年、岡山県倉敷市生まれ。東京女子大学文理学部社会学科卒業。アジアを中心として世界各地を取材し、食文化と暮らしをテーマに執筆活動を行う。2006年『買えない味』でドゥマゴ文学賞受賞。12年『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞受賞。近著に『今日はぶどうパン』(プレジデント社)、『いま教わりたい和食 銀座「馳走そっ啄」の仕事』(新潮社)など。最新刊に『洋子さんの本棚』(小川洋子との共著・集英社)。


◆「東京の台所」が1冊にまとまり、平凡社から出版されました。購入はこちらから

[PR]
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。ホームぺージ「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

&wの最新情報をチェック


&wの最新情報をチェック

Shopping