東京の台所

<104>父秘伝の味噌汁が刻む追憶

  • 文・写真 大平一枝
  • 2015年6月24日

〈住人プロフィール〉
 主婦・77歳
 戸建て・3LDK・都電荒川線 早稲田駅(豊島区)
 築年数27年・入居27年・ひとり暮らし

    ◇

 長野県の白馬村生まれ。77歳。実家は旅館を営んでいた。

「父は支那事変、日中戦争、太平洋戦争を経験しています。帰国後はヨーロッパを視察して西欧型のスキー場開発を手がけました。ハムエッグなどをほとんどの人が知らない時代に旅館で出したり、料理や器、洋服にもこだわる人でした」

 早くに妻を亡くしたその父は、隠し味に日本酒を加えた具だくさんの味噌汁を好んだ。

 2歳上の夫も長野県出身である。石油会社を経て、今でいうIT系の企業に転職。全国へ転勤を重ねながら、ばりばりと働いた。田舎の広い家で育った2人にとって、東京のマンション暮らしが窮屈だった。そして住人が50歳の時、満を持して都内に家を購入した。だが夫は忙しく、ふたりの子どもと夕食を一緒に食べることがほとんどなかった。

 住人は、遅く帰る夫にはいつも一品多く作った。

「そういう時代でしたから。私? 子どもと一緒につまんだり、夫が帰ったら相手をしたり、こまぎれに食事をしていたのかしらねえ」

 その夫は新築の家で暮らしたのはわずか3年である。胃がんだった。病院に見舞いに来た長野の父がぽつりと言った言葉が忘れられない。

「いつも美味しそうに食べる人なのに、あんなにやせ細って食べられないのは“とが”だな」

 とがとは、方言で「かわいそう」という意味だ。

 夫は実家の父の部屋にもよく訪ね、ふたり酒盛りを楽しんだ。父こだわりのつまみの数々。夫はよく飲み、よく食べる人だった。そんな様子を見て、今は亡き母は目を細めて言葉を漏らした。

「ほたほたとよく食べる人だねえ」

 ほたほたとは、ぱくぱくと、とか美味しそうに食べるさまのこと。嫁ぐとき、母は言った。

「忙しくても、お味噌汁をちゃんとつくってあげるんだよ」

 野菜がたっぷり入った味噌汁を毎日作り、料理に手抜きをしないようにという教えがこめられていた。以来、その教えを守り、食事には必ず味噌汁をつけた。煮干しにもこだわり、ひいきの行商人から今も27年間買い続けている。

 取材の付き添いに来ていた長女が、はっとしたように明るく言った。

「私も具だくさんのお味噌汁もっと作らなきゃ! でも同じように作るのに、どこかあの味と違うのよね」

 父、母、夫、娘。日本酒入りの味噌汁は、誰かの思い出をまといながら食卓から食卓へと受け継がれてゆく。

 ひとり暮らしの今、味噌汁は毎日作るのだろうか。質問を聞きそびれたままにしている。

(次回は7月8日の配信予定です)

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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