あゆみ食堂のお弁当

<10>祖母に贈る、あの夏の新婚旅行

  • 写真 平野太呂
  • 2015年8月20日

  

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  • <献立>白ごはん/梅干/さわらのすだち塩麹漬焼き/ぐる煮/青菜胡麻和え/みょうが甘酢漬け

  • 上品で美しい越前塗りのお弁当箱は、大きめの二段式。新婚旅行ということで、お祝い用のお重のような雰囲気で。

〈依頼人プロフィール〉
桐原玲子さん 35歳 女性
東京都在住
会社員

    ◇

 祖父が生前よく話してくれたことです。

 当時高知に暮らしていた若き日の祖父母は、太平洋戦争中のさなか、大恋愛のすえ結婚しました。

 祖母は地元でも有数の大富豪の娘、かたや祖父は学校にもなかなか通えないような貧しい家に育ったそうです。祖父は家計を支えるために炭焼きの仕事をしながら、周囲のお下がりの教科書で勉強し、平等尋常小学校の教師になりました。そうして同じ学校で教師をしていた祖母と出会いました。

 戦争が激化するなかで、いよいよ祖父のもとにも召集令状が届きます。

 赴任地は南方のパプアニューギニア。最終的に生きて帰国できたのは、たった7人という、激戦地でした。

 戦闘中に負傷した祖父は運良く最後の引き揚げ船に乗ることができたそうで、終戦の年に命からがら帰国しました。そして1945年、終戦の数日前に結婚。結婚式も記念撮影もない、ひっそりとした結婚でした。

 そんな祖母を不憫に思ったのでしょうか。結婚後、祖母をピクニックに連れていったそうです。きれいな川のほとりでお弁当を食べるという、ごくささやかなものでしたが、祖父にとっては、それが精一杯の新婚旅行だったのかもしれません。

 当日は、祖母の家の人がお弁当を持たせてくれました。なかには真っ白のごはん。貧しくて、それまで白米を食べたことがなかった祖父は、そのお弁当をとても楽しみにしていたそうです。

 それはそれは暑い日だったそうです。昼時、お弁当箱を開けた祖母は、「これは悪くなっている」と言って、こともあろうに白米を川に流してしまいました。そのときのショックを、祖父はいつも本当に残念そうに話していました。「ショックが顔に出ないように、必死にこらえていたんだよ」と。

 その後、気を取り直してふたりで釣りをしたのですが、お嬢様だった祖母にとって、魚釣りは初めての経験。魚がかかった竿を持つのが怖いやら恥ずかしいやらで、大泣きしたそうです。まったくちぐはぐなふたりですが、そのささやかな新婚旅行のことを、祖父も祖母もいつも懐かしそうに思い出していました。

 6年前、祖父は亡くなりました。のちに、祖父が密かに書き続けていたパーキンソン病の闘病日記が見つかったのですが、そこには祖母のことを詠んだ句が書かれていたりと、ひとり残される祖母を思いやる祖父の思いやりがつまっていました。90歳になる祖母は、その日記を繰り返し繰り返し、赤線を引きながら読んでいます。こうして離れ離れになっても、お互いを深く思いあえる祖父母を本当に素敵だなと思います。

 今でも、かわいらしい新婚旅行の思い出を大切にしている祖母へ、ぜひ当時の初々しい気持ちを思い出せるようなお弁当を送りたいと思っています。祖父がどうしても食べたかった白米と、祖母を大泣きさせた魚。そのふたつがとびきりおいしいお弁当なら、きっと当時のことを懐かしく感じながら食べてもらえるような気がします。

 祖母は若い頃から雅(みやび)なものが好きで、日本画を描いたり、万葉仮名で文字を書いたりするような人です。新婚時代を高知で過ごしたふたりですので、何か高知を感じられるおかずが入っていると、喜ぶと思います。よろしくお願いします。

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あゆみ食堂のお弁当

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PROFILE

大塩あゆ美(おおしお・あゆみ)

出張料理 “あゆみ食堂” として、様々なイベント、展示会などでケータリングを行う。料理を食べる人、食べる環境、コンセプトに合わせて作る“オーダーメイドレシピ”も多く手がける。季節ごとの食材で楽しくおいしい食卓を作りながら、日本の生産者の食材と食べ手をつなぎたいと思いながら活動中。

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