このパンがすごい!

行列ができる団地のおいしいパン屋 / チクテベーカリー

  • 文・写真 池田浩明
  • 2015年10月6日

ネギのタルティーヌ

写真:チクテの前には平日も行列。2年半前に町田市から移転してきた名店は、団地に新たなにぎわいを作りだした。コンクリートにうつくしさを吹き込んだコムレール一級建築士事務所の仕事もすばらしい チクテの前には平日も行列。2年半前に町田市から移転してきた名店は、団地に新たなにぎわいを作りだした。コンクリートにうつくしさを吹き込んだコムレール一級建築士事務所の仕事もすばらしい

写真:リュスティックオショコラ リュスティックオショコラ

写真:バゲットマイス バゲットマイス

写真:パン・ド・ミ パン・ド・ミ

写真:販売スタッフの笑顔がみんなすばらしいのもチクテが愛される理由 販売スタッフの笑顔がみんなすばらしいのもチクテが愛される理由

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チクテベーカリー(東京)

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 食べて涙するパンがある。琴線に触れる、という言葉のように。パンの中に込められた作り手の思いが、食べる人の心にある感性の鍵盤を叩くと、共感の音色が鳴りだす。

 多摩ニュータウンの団地の1階にある店。付近の老若男女が、チクテベーカリーに列をなす。なぜって、都心から少し離れたこのあたりで、個人経営のおいしい飲食店はまばらだから。チクテベーカリーはみんなの誇りなのだ。

 店主の北村千里さんは一生懸命パンを作る。オーブンの前にいる彼女の手だけが、焼きあがったパンを受け渡す開口部から見えている。押し寄せる人びとにおいしいパンを届けようと、手は休みなく動きつづける。その思いは、パンひとつひとつからあふれるばかりに感じとることができる。

 甘いものが好きな子供たちへ。リュスティックオショコラはきっと彼らのためのものなのだろう。木魚みたいな空洞のパン。硬い薄皮一枚がぱきっと開くと、ざくろを割ったように、チョコのつぶつぶが飛び出してくる驚き。チョコにある甘み、酸味、ほろ苦さ、旨味。なぜそれらがこんなに生地と響き合うのだろうと考えて合点する。北村さんが我が子を抱きしめるように大事に作る自家培養の発酵種の生地に、それらのフレーバーはすでに複雑に畳み込まれているものだからだ。それにしても、ぷくーっとドーム状に生地をふくらませてその中においしいチョコレートを潜ませるアイデアは、子供たちをきっと歓喜させずにおかない。

 こってりとしたものが好きな若い人へ。バゲットマイスを割ると、思いもかけずくちゅくちゅとしめった中身が姿を現す。その正体は大量のバター。じゅわっと溶けて悩ましい甘さを滲みださせるのだ。追いかけてくるもうひとつの甘さはコーン。ふたつは口の中で重なって、コーンバターの愉楽となる。なんて狂わせてくれるパンだろう。

 朝はトースト、というマダムへはパン・ド・ミを。でもチクテのそれはよそのとはちょっとちがうのだ。ぎりぎりに焼きこんだ、硬くて香ばしい皮に覆われたハードなパンが好きだという北村さんは、ふわふわした中身が好きな彼女たちのために、ハード系とやわらかいパンをいいとこどりしたようなこの食パンを作る。がりがりとした耳からは、香ばしさが湧き立つ。水気を含んでひんやりとした中身はぶるんぶるん跳ね、塩気と旨味がやんわりやってくる。発酵種特有のほんのりとした酸味さえ、食パンらしい甘さとあいまっておいしさの味方になる。

 たまにはレストランでおいしいものを……そんな思いを抱く人にさえ、チクテベーカリーは数百円で満足を与える。ネギのタルティーヌは、農家から送られてきたおいしい野菜で作られる。忙しいパン屋の仕事の中できちんと料理するために、使うのはオーブンの火。とろけるまで煮られたネギは五体に滲(し)みこむような甘さと、辛みと青さを残したすがすがしい香りを放つ。トッピングされたピンクペッパーの芳香がこのパンに色気を与えているのも素敵だ。

 食べて思う。北村さんはパンを作りながら、頭の中にはっきりとそれを食べてくれる人の笑顔が浮かんでいるのだろうと。いろんなお客さんをよろこばせるためにぎりぎりの努力をつづけられる惜しみない仕事がひとかけらの中に詰まっているのだ。そのことが私の心の琴線に触れ、なんだかじんとさせる。団地の人たちの笑顔のおすそわけを得に、緑多きニュータウンの道をまた歩いてみたくなる。

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チクテベーカリー
東京都八王子市南大沢3−9−5-101
042・675・3585
11:30~18:30(月火休)

PROFILE

池田浩明(いけだ・ひろあき)

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

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