このパンがすごい!

5日がかりのふわふわ 伝統製法のパネトーネ/パーネ エ オリオ

  • 文・写真 池田浩明
  • 2015年12月8日

りんごとクルミとジンジャーのパネトーネ

写真:「マードレーちゃん」と小林さんご夫妻が呼んでいるパネトーネの元種 「マードレーちゃん」と小林さんご夫妻が呼んでいるパネトーネの元種

写真:元種の発酵はロープで縛って行う。ビニールと布で覆って空気に触れさせずに発酵させるためと、膨張しようとする種を抑えて鍛え、生地に力をつける意味がある 元種の発酵はロープで縛って行う。ビニールと布で覆って空気に触れさせずに発酵させるためと、膨張しようとする種を抑えて鍛え、生地に力をつける意味がある

写真:パネトーネを割ったところ パネトーネを割ったところ

写真:うつくしいラッピングをほどこされたパネトーネ うつくしいラッピングをほどこされたパネトーネ

写真:パンが並ぶ棚 パンが並ぶ棚

写真:お店の外観 お店の外観

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パーネ エ オリオ(東京)

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 クリスマスにシュトーレンだけ食べて満足しているわけにはいかない。イタリアにはパネトーネというクリスマスのパンもある。バターと卵、洋酒に漬けたドライフルーツ。年に一度のお楽しみであるパネトーネにはゴージャスな材料が惜しげもなく使われる。

 瞠目(どうもく)すべきは希少性と歴史。イタリア北部に起源を持つ「パネトーネ種」を使って作られたものしかパネトーネとは呼べない。約500年前にこのパンが誕生したとき、人びとはさぞ驚いたことだろう。イースト(パン酵母)が存在しなかった当時、こんなに高くふくらんでふわふわしたパンはほとんど見る機会がなかったはずだからだ。トニーという腕利きの職人が作ったとされるこのパンには、当時の最先端技術が駆使されていたにちがいない。

 約5世紀前の誕生当時と同じ製法で本物のパネトーネを作るパン屋が、東京・護国寺にある。パーネ エ オリオでは、店主の小林照明さんが修業先のローマから持ち帰ってきたパネトーネ種(親しみをこめて「マードレーちゃん」と呼ばれる)を使用する。40センチほどの高さまでパネトーネをふくらませるのになんと5日間もかかるという。パネトーネ種を育てるのに2日、生地を発酵させじわじわと高く伸ばしていくのに2日。そのあとやっとオーブンで焼き、さらに逆さに吊るして乾かして、沈下するのを防ぐ。まるで製パン技術の進歩など知らないかのように、時間と手間をかけて作られるパネトーネの味わいは、現代人にとっても驚きを与える。

 パネトーネならではのかぐわしさ。ファーストコンタクトの瞬間に、野生の香りがふと鼻腔をかすめる。縦に気持ちよく伸びた生地はまるで薄皮が折り重なるようにできあがっていて、実にエアリーである。だから、舌に触れると瞬間的に唾液が吸い込まれ、すばらしいスピードでじゅんと溶ける。バターと柑橘が入り混じった甘さでむせかえるほどになる。アーモンドの糖衣をまとった頂点の香ばしい皮もかりかりと割れていく。「りんごとクルミとジンジャーのパネトーネ」ならば、ここにりんごやしょうがのフルーティな液体がこぼれ、生地の甘さとハーモニーを奏でる。そこには5日の間に積み重なった熟成香も重なり、このパンを食べる体験のあいだじゅう、うつくしいヴェールをかけつづける。自然の発酵種ならではの揺れ動くような変化が人を狂わせる。

 かくして、この特別なパンを食べるためにこそ、クリスマスを待ちわびるようになる。もうひとつ、さらに快楽へ人を誘う仕掛けがパネトーネにはある。クリスマスパーティなら最初はスパークリングワインで乾杯するはずだ。泡立つ液体を飲み干したなら、そのときすかさずパネトーネの一片を口に放りこまねばならない。パネトーネの甘さをさわやかな泡がさらっていき、アルコールの香気とフルーティな香りが混じりあうとき、最高のマリアージュは訪れる。

パーネ エ オリオ
東京都文京区音羽1-20-13
03・6902・0190
10:00~18:00(日祭休)

PROFILE

池田浩明(いけだ・ひろあき)

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)

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