東京の台所

<113>弁当、常備菜、漬け物。料理男子の思い出のかけら

  • 文・写真 大平一枝
  • 2015年12月24日

〈住人プロフィール〉
会社員・38歳(男性)
分譲マンション・2LDK・東急目黒線 奥沢駅(世田谷区)
築年数19年・入居4年・妻(33歳・会社員)、長男(4歳)の3人暮らし

    ◇

 子どものころ、京都の祖母の実家に遊びに行き、疑問に思ったことがある。

「おばあちゃんのにぎるおにぎりは、やわらかくて塩加減が絶妙。お母さんの作るおにぎりと全然違う。同じお米と塩だけなのになんでこんなに味が違うんだろう。不思議だな」

 住人が、料理に興味を持つきっかけとなったできごとである。それから観察していると、だしも煮物も自分が住む東京とはぜんぜん違うということなどにも気がついた。

 今、毎日の自分の弁当、妻と娘と自分の朝食、および週末の3食を担当している。男の料理ときくと、イタリアンや中華などごちそうを想像しがちだが、彼は和食がメイン。「今日の作りおきは何ですか」とたずねると、少々恥ずかしそうに「弁当のおかずだからたいしたものじゃないですよ」と言いながら、保存容器に入った小松菜の胡麻和えと、かぶの茎をジャコで炒めたものを冷蔵庫から出して見せてくれた。この日は友達の家に呼ばれているので、持ち寄り用にしめ鯖を作ったという。自家製ガリとともにていねいに重箱につめていた。「つかみやすいんですよ、これ」と説明してくれたお気に入りの菜箸は、有次本店で買った。

「イタリアンやカレー、中華もひと通りハマりました。一巡して、今は普段食べる和食にいきついた。弁当を作るので、どうしても常備菜が中心になりますね」

 弁当は、単身赴任時に作るようになった。外食はどうしても味が濃い。あるとき飽きてしまい、自分で作ろうと思い立ったらしい。

 5年の単身赴任を終えて戻ってきた時、満を持して中古のマンションを買った。あえて中古にしたのは、自分で好きにリフォームしたかったからだ。

「壁を抜いて、リビングのスペースもキッチンに取り込みました。やり過ぎかなと最初は迷ったけれど、どうせリフォームするなら好きな料理を存分にできるように、思いきって大胆にしようと腹をくくりました」

 建築家の発案で、台所脇にパントリーを作ったらこれが大正解。

「漬物や食品、何でも収納できるおかげで何でも隠せて、リビングや台所を常にすっきりさせておくことができます。本当に便利ですね」
と満足そうだ。

 そのパントリーからは、梅酒、梅干し、しば漬け、らっきょう、がり、モスコミュール用の生姜のウォッカ漬けが魔法のように次々と出てきた。冷蔵庫からはぬか漬けが。朝食のおにぎりに必ずぬか漬けを添えるが、4歳の息子がきれいに平らげてから保育園に行くという。

 完璧すぎて、こちらがたじろいでしまうほど非の打ち所がない料理男子。そんな彼の話で、ほっとした瞬間がある。お気に入りの料理道具について質問した時のことだ。ああ、それならこれだなと彼は照宝の中華鍋とお玉を取り出した。

「なんで怒られたか忘れたんですが、高校生の反抗期の頃、おやじにぶん殴られまして。理不尽な理由だったということだけ覚えています。その日、おやじも悪かったなと思ったんでしょうね。今日は中華街に飯に行くぞ、と言い出しまして。行ったら“好きなもん買ってやるから言え”と。ふたりで料理道具の店に入り、僕は迷わずこれを選びました。ごめんとかはひとこともなし。殴られたのはその1度きりです」

 父の詫び状がわりの中華鍋とお玉はピカピカに磨かれていた。20年経た今もフル活用中だ。こんな完ぺきな人でも反抗期があったのだなあ、親に叱られたのだなあと、微笑ましく思った。その想い出のかけらが鍋というところがまた彼らしい。

 今、絶対に手を出さないと自分で決めているのは“お菓子作り”と聞いて再び心が和んだ。理由は「ハマりだしたら面白くてきりがなさそうだから」。わかる、わかる。彼ならそうなるに違いない。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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