東京の台所

<114>「フォーエバー炊き込みご飯」

  • 文・写真 大平一枝
  • 2016年1月13日

〈住人プロフィール〉
会社員・23歳(女性)
賃貸マンション・1R・JR中央線 荻窪駅(杉並区)
築年数21年・入居9カ月・ひとり暮らし

    ◇

 映画が大好きで映画学科に進んだ。しかし、映画業界の正規採用は厳しく、昨春、アパレルブランドに就職。同時に、群馬の実家から出て、荻窪でひとり暮らしを始めた。仕事は総合職だが、全員販売からスタートする。

「今は修行の身です。開店は9時、閉店は23時。交代制ですが、拘束時間が長く、ラクではないです。同期は36人いて半分辞めました。給料も高くないですしね。でもやってみたらお客様と話すのが意外に楽しくて、私は接客が嫌いじゃないんだと気づきました」

 部屋は半地下にある。窓の向こうの道路を車が通るたび、部屋が陰になり、一瞬暗くなる。収納がなく、洋服ハンガーもベッドも出しっぱなしだ。友だちが来るとまず「せまっ!」と驚くという。

 しかし、まごうことなきここは彼女の城。好きな映画のポスターを飾り、玄関脇の無印良品のキャビネットにはぎっしりお菓子が詰まっている。IHコンロひとつの台所でも、炊き込みごはんや蒸し野菜料理などしっかり楽しんでいる。

「ひとり暮らしを始めてすぐオリーブ色のカワイイお鍋を買ったんですが、IHって、鍋が小さすぎると反応しないんですね。だからいまだにあのお鍋、未使用なんです」

と笑った。

 好きな台所道具や器を一つひとつ揃えていく余裕はまだなさそうだが、ひとりを満喫する自由な空気は部屋いっぱいに充満していた。

 朝食は、食欲もないのでお茶とお菓子。職場の昼食は、人員が少ないので外に食べに行くことができない。そのためパンかおにぎりでさっとすます。夜は節約も兼ねて自炊をする。野菜不足を危惧して、必ず白菜やキャベツの蒸し煮など旬のものを1品足すようにしている。

「仕事のために覚えなきゃいけない洋服のブランドって5千種類ほどあるんです。その知識を学ぶ勉強会も多く、接客以外もやることがたくさん。帰宅しても疲れ切ってお風呂も入らず寝ちゃうこともあります。だから、休日にまとめて炊き込みごはんを作っておきます。そうすればレンジにかけるだけで食べられるので」

 故郷の親御さんがこれをきいたら胸が痛むだろうなと、母でもある私は少し切なくなった。

 それにしても、忙しいなか、この狭い台所でなぜ炊き込みご飯なのだろう。

「母のそれがものすごくおいしいんです! ごぼうと鶏肉と油揚げが必ず入っていて、そこに舞茸など季節の食材が加わるんです。母は看護師で、ふだんは祖母が作っていたんですけど、ときどき母が作る炊き込みご飯が私は一番好きでした」

 あの味を自分の城でも、とトライした。しかし何度炊いても、どうしても母の味にはならないという。

「何が違うんでしょうねえ。今はごぼうを面倒くさくて入れてないんです。がんばってそぎ切りにするんですけど、できあがったのを食べると苦労に見合った味じゃないのでごぼうはもういいやと。そのせいかな」

 大丈夫、ちゃんと料理をするお嬢さんに育っていますよ。味覚の絆はしっかりつながっていますよと、故郷の母に教えてあげたくなる。そのお母さんとは連絡をとりあっていますか、と尋ねたら。

「全然。最近ですか? そう、夏に1回帰るよっていう短いメールしたかな」

 母と子とはそんなものだ。上京していると実家と連絡をまめに取ると思われがちだが、違う。新生活に慣れるのが精一杯で、毎日が緊張の連続。家族はいちばん気を許せるから、いちばん気を使わない。いきおい連絡も遠のく。私もかつてそうだった。

 たまには連絡してあげてくださいね。老婆心ながらも忠言した。娘さんが応募したこの記事を母親が見て、炊き込みご飯のコツを教えてくれるといいな、と思いながら。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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