東京の台所

<115>代官山、目黒、世田谷。彼女を救う古い部屋

  • 文・写真 大平一枝
  • 2016年1月27日

〈住人プロフィール〉
コピーライター・47歳(女性)
賃貸コーポ・2LDK(メゾネット)・田園都市線 駒沢大学駅(世田谷区)
築年数40年・入居1年・夫(44歳・会社員)とのふたり暮らし

    ◇

 かつて代官山に、パンションという古い名物マンションがあった。ユトレヒトという古書も扱うセンスの良い書店や、カフェラクダホテルという看板のない小さなカフェが入っていた。築40年を超え、取り壊しが決まっていた。

 住人は、30歳で上京した折、最初にそこに住んだ。料理好きの彼女の家には始終人が集まり、壁に色を塗ったり改造が自由なその部屋にはインテリア雑誌の取材が来た。

「京都生まれで、それまで京都でエディトリアルデザイナーの仕事をしていました。ところが大失恋をして、何もかも環境を変えたくなって。もっと大きな仕事をしたいという気持ちもあったので上京したのです。パンションの部屋は、シェアしようと思っていた女友達が、急な事情で故郷に帰らねばならなくなり、じゃあ、おいおいルームメイトをみつければいいやと軽い気持ちで住み始めたのです」

 家賃13万円余。初の東京ひとり暮らしには勇気のいる金額だ。そのうちにと思いながら、とうとう取り壊しまでの7年間1人で住んだ。

「支払いはとっても大変でしたが、あのとき上京したこと、あの部屋に住んだことはまったく後悔していません。明るくて風通しが良くて、すごく好きな部屋だったから。どんなに疲れたり落ち込んだりしていても、あの部屋に帰ると気持ちがほっこりした。部屋に救われたし、癒やされていたんです」

“場”がもつ力、というのが私はあると思っている。人生のある時期、その古い部屋は彼女にとって必要不可欠だったのだろう。そこからある種の力をもらっていたに違いない。

 それから代官山、目黒と転居をし、昨年結婚と同時に、世田谷の古いメゾネットタイプのコーポに越してきた。15軒見た後にこの部屋を内見。第一印象はパンションの時と同じだった。

「古いけど明るくて風が通る。ここに暮らしている自分がありありと想像できたのです」

 台所の横、風呂場への通路の脇には、木製の棚が作り付けになっていた。

「食器をたくさんしまえるなと思いました。食器が揃うと気分も上がる。自然と人を招きたくなるし、料理をしたくなります。あちこちにたくさんの収納がついていて、住みやすそうだなあと思いましたね」

 料理は、京風のだしベースの和食が多い。東京で、親子丼が甘くてびっくりした。

「人気店のご主人に、ここのは甘いですかと聞いたら、親子丼は甘いもんじゃないですかと逆に聞き返されてショックだったのを覚えています。九条ねぎも最近はスーパーでも買えますが、どこか京都のものより風味が薄い気がします」

 目標は京都の母の味だが、なかなか近づけない。大根と揚げをシンプルに炊いただけなのに、冷えた翌日もだしがしみておいしい。そんな“大根の炊いたん”のようなおばんざいを上手に作れるようになりたいらしい。

 もともと料理好きだったが、この家に来てさらに自炊が楽しくなり、レパートリーが増えた。それにはこんな理由がある。

「地方出身者だから、お金さえ出せば浅草だろうが渋谷だろうが、どこに住んでもいい。地縁も誰かに縛られることもありません。でも世田谷に住んでみて、家族というものを意識するようになりました。もう少し、ちゃんと地に足をつけた暮らしをしたいなあって」

 

商業地ではなく、初めて静かな住宅地に住んで実感した自分の中の小さな変化を愛おしんでいる様子が伝わってきた。新婚の彼女の東京暮らし第2ステージは始まったばかりである。

つづきはこちら

東京の台所 取材協力者募集

[PR]

PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

&wの最新情報をチェック


&wの最新情報をチェック

Shopping