東京の台所

番外編<5>料理家が30年余、手放さない料理本

  • 文・写真 大平一枝
  • 2016年4月6日

〈住人プロフィール〉
サルボ恭子さん 料理家、フードコーディネーター・44歳
マンション・1LDK・世田谷区
築16年・入居2年

    ◇

(「前編」から続く)

 2000年に渡仏し、ル・コルドン・ブルー・パリ、リッツ等の料理学校を経てオテル・ド・クリヨンの調理場に勤務。帰国後は、料理研究家 上野万梨子さん、有元葉子さんのアシスタントを経て、独立し、料理教室を主宰するサルボ恭子さん。『毎日活躍!「ストウブ」で和洋中』、『作りおきオードヴル』など多くの著書や、NHK『みんなのきょうの料理』出演でも知られる。

 じつは料理の道を志す前は、会社務めの経験がある。

「英語が好きで、貿易関係の会社でOLを4年間していました。でも総合職ではなく一般事務だったので、結婚適齢期の24、25歳になると同じ部署の女性たちの多くが結婚していくんですよね。仕事は楽しかったけれど、私もいったんは結婚を考えたり、どうしようかなあと悩みました」

 配属は財閥系メーカーの海外部。海外からの来客をアテンドしたり、夜の会食も毎晩のようにあった。恵まれた環境の中で充実した日々ではあったが、迷ったのは次のただ一点。

「これは私にしかできない一生続けられる仕事だろうか?」

 自分の代わりはいくらでもいると思った。

 自分にしかできない仕事はなんだろうと考え続けた末にたどりついたのは、祖母から繋がっている料理だった。

「食べること。作ること。私には料理しかないと。ちょうど伯母が料理教室をしていて、それまでは花嫁修業として通っていました。会社を辞めたあと、その伯母に、アシスタントとして雇ってくださいと頼みました」

 伯母は1982年からフランス料理教室を主宰していた。職人気質の人だ。それまでも卒業生からアシスタントを志願されたりしたが、頑として受け入れなかったのをサルボさんは知っている。真剣に頭を下げると、伯母は静かに言った。

「私、厳しいわよ」

 その言葉通り、肉親だからこそとりわけ厳しくした。まず、下ごしらえは美しく完璧でなければならない。速さ、作業と同時進行でかたづけていくこと、掃除、サービスのマナー、食器や銀器の扱い、言葉遣いなどなど。「ドアを開けてから帰るまでのことすべてが最終的にはお料理に出るのよ」が口癖だった。

 残業時間などきっちりしていた会社員生活とは180度異なるアシスタント生活。料理は、段取りの先の先のそのまた先を読んで準備する仕事でもある。限られた時間の中で、いかに無駄なく、完璧に美しく仕上げるか。納期までに物事を納める会社員時代と違って、学ぶこともやることも無限にある。

 約3年アシスタントを務めた。気づくと、伯母の動きを見るだけで、言われなくても体が自然に動くようになっていた。

 その後、フランス料理をさらに深めようと渡仏。パリの料理学校で学び、ホテルで修業をしたのは前述の通りである。

「そのときはまだ、料理家になろうとまでは思っていませんでした。とにかくフランス料理の世界で生きていこうとだけ、心に強く決めていました。フランスでは、語学ができないと能力を活かしきれません。フランス人は独立心が強く、権利を主張し、とくにパリの人たちは異国の人間に無関心。でも私は忘れっぽいのであまり苦労は覚えていないんです。そのかわり、フランスはきっかけさえうまくつかめば、チャンスはいくらでもあるというおもしろさがあります」

 知らない人に笑顔で挨拶をすると、目を見て笑顔で返してくれるあたたかさもある。

 サルボさんに限らず、海外で厳しい修業をし、その後成功している人ほど、苦労を語りたがらない。苦労を苦労と思っていないからだ。苦しいと自覚した時点で負になる。明日生きる力が湧かない。異国での挑戦はそんな甘いものではない。大変だと認めないからこそやってこられたのではなかろうか。

 ただ、スーパーのレジでも、行政の窓口でも、いつどんな場合でもフランス語で自分を主張し続けなければいけない生活は、時折疲れることがあったとサルボさんは語る。

「しゃべらないで黙っていると、具合が悪いかと思われてしまいますから」

 2年後、帰国。日本で知りあったフランス人男性と結婚後、上野万梨子さん、有元葉子さんの料理サポートを3年務めた。

 その後、料理を教えてほしい、イベントで作ってほしいという声に応え、料理教室やデリバリーをしているうちに今の形になった。料理家になろうと思ったのではなく、料理の道でプロとして周囲の要望に応えた延長線上に今があるというのが正確なところだ。

 だが、自分が裏方だろうが、表に出ようが、料理に対する気持ちは変わらない。自分が作ったおいしいものを食べてもらうことが好き。喜んでもらうことが自分の喜びとなる。それは、にんじんの漬物が上手だった祖母から受け継がれた精神と重なる。

 と思ったら、もうひとつ、サルボさんは大切そうにある絵本を取りだした。『赤毛のアンの手作り絵本』で、料理や洋服作りが可愛らしい挿絵と共に物語仕立てで描かれている。

「伯母とはまた別の親戚が、城戸崎愛生先生に料理を習っていまして。小学校4年の時に先生からいただいてきました。私はもともと赤毛のアンが好きだったんです。そのアンの世界にお菓子作りや縫い物が出てくるストーリーで、本当に大好きなでした! 1ページめくるごとにワクワクしてね。何回開いてもそのワクワクは消えませんでした」

 夫が自作した台所のカウンター脇にある小さな本棚にそれは飾られていた。

 私がその絵本を撮影すると、サルボさんは大事そうにまた元ある場所にしまった。ああ、これは彼女のお守りなのだとわかった。

 誰の心にも夢の原点はある。サルボさんのそれは、にんじんの漬物と赤毛のアンというじつに素朴でささやかなものだった。だが、どちらも30数年の間、かわらず彼女の心の中で輝き、強いエネルギーを放ち続けている。1ページめくるごとに感じたワクワクを、サルボさんは今日も新鮮な気持ちでお皿に表現している。自然な流れでそうなったと言うが、料理家になるべくしてなった人だと思った。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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