リノベーション・スタイル

特別対談<1>街を丸ごとホテルに見立てる ~hanare<前編>

  • 宮崎晃吉×石井健
  • 2016年4月27日

 「リノベーション・スタイル」春の特別編は、ブルースタジオ執行役員の石井健さんが、いま注目の若手3人の方々と、「新しい宿」をテーマに対談をお送りします。第1回は、東京・谷中の最小文化複合施設「HAGISO」代表の宮崎晃吉さん(33)が2015年秋に開いた宿「hanare」を訪ねました。 
>>hanare  写真特集はこちら

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石井 健 去年はHAGISOのお話で対談に出ていただきましたが(掲載はこちら)、今回は新しい宿のプロジェクト、“hanare(ハナレ)”のことをうかがいたいなと思いまして。去年はまだ構想段階でしたけど、昨年末に完成したんですね。

宮崎晃吉 はい、お陰様で。

石井 当初は全体的にもっとライトな感じの予定でしたよね?

宮崎 そうですね。それなりにお金はかかってしまいました(笑)。

石井 想像していたよりも立派でびっくりしました。

宮崎 ありがとうございます。築50年の木造2階建ての家を旅館業法に則って改築しました。和室が5部屋あり、トイレやお風呂、洗面台などを増やして帳場を作り、断熱材を入れたりしています。  

石井 アメニティもおしゃれですね。木箱にオリジナルの鉛筆やダイアリー、手ぬぐいなどが入っていて……。これ、全部持っていけるんですか?

宮崎 はい、大丈夫です。箱はダメですけど(笑)。

石井 チェックインはHAGISOの2階のコンシェルジュなんですよね?

宮崎 はい、そこで近所のお店リストや、昼用マップと夜用マップなどをお客様にお渡ししています。自転車を使いたい方には、近所のtokyobikeを紹介しています。tokyobikeは古い酒屋さんをリノベーションしたいい感じのお店なんですよ。

「あのローマの宿泊スタイルを、東京でも」

石井 かっこいいですよね。ところで、どうして宮崎さんはゲストハウスをやろうと思ったんですか?

宮崎 実は、さかのぼるとHAGISOができる前、2012年に「もう最後だから」と思ってイタリアに行ったんですね……。

石井 「お店が始まったらいけなくなるぞ」、と。

宮崎 そうです。お金はなかったんですが、とりあえずローマへ行って、一番安い宿をbooking.comで探して予約しました。そしたら、その宿が駅の目の前の治安が悪いところで……。

石井 僕も学生の頃に泊まってたけど、完全にヘロイン中毒みたいな人が隣室(笑)。夜中ずっと叫んでた……。

宮崎 あの辺ってけっこうヤバイですよね。僕も大丈夫かなーと思いながら地図を見て宿に向かったんですが、それが集合住宅の一室だったんですよ。2階かなんかで、階段を登っていったら、移民系の人たちがワーワー言いながらたくさんいて。一応レセプションでチェックインしたんですが、その辺りには部屋が見当たらないんですよね。あれ?と思ったら、男に「こっちだ」と言われて、外に連れて行かれました。2ブロックくらい歩いた先にまた同じようなアパートがあって、その一室に入ると、ホテルっぽい内装になっているんですよ。うわあ、ここかと。

石井 すごいですね。

宮崎 かなりびっくりしたんですけど、これがまた泊まってみると面白いんです。廊下で住民とすれ違って挨拶したり、周りの人に教えてもらったカフェやバーでご飯を食べたり。その後、地方でワイナリーに泊まる機会もあり、宿泊施設はいろいろあることを知りました。

石井 そのときの体験がベースにあるんですね。

宮崎 はい。で、HAGISOを始めて2、3年経ち、だんだん街の拠点になってきた頃、「あのローマの宿泊スタイルを東京でもできるかもしれない」と思い始めたんです。

村の空き家が宿泊施設に、レセプションは街のレストラン

石井 イタリアって昔からそういう宿泊形態が進んでいるんですよね。“アルベルゴ・ディフーゾ”という、「点在している宿」という意味の仕組みなんかは有名ですね。

宮崎 過疎化した村の空き家を宿泊施設にして、街のレストランがレセプションを兼ねるというシステムですよね。

石井 そうそう、地方創生の手段としてもイタリアでも益々増えているようですね。

宮崎 秘境のような田舎の村が丸ごとホテルみたいになっていて。僕自身は泊まったことがないんですけど、そういう宿があるというのは、どこか心にひっかかっていました。そんなときに、高松市の仏生山で岡昇平さんがやっている「まちぐるみ旅館」の試みも知って、僕もできるかもしれないと思ったんです。特にここ(東京・谷中)は、郊外型とは違い、都心なので飲食店はたくさんあるし、銭湯もある。そんな強みを生かした新しい宿の提案ができないかなと思ったんです。ただ、問題はどうやるか。

石井 はい、そういう体験をした人は、みんな自分もやりたいと思うんですよね。でも、なかなか場所がない……。

宮崎 僕の場合も空き家が問題でした。今のhanareの家がずっと空き家だったのは知っていたんですが、持ち主がわからなくて。とりあえず法務局に行ってオーナーさんの住所を調べ、手紙を書きました。でも、すでに引っ越していて手紙が戻ってきてしまったんです。「ああ、だめだ」と半ば諦めていたんですが、近所の人に聞いてみたら、「駅前の不動産屋さんが家の前に立っていたよ」と教えてくれて。すぐにその不動産屋さんへ走りました。

石井 警察の捜査みたいですね(笑)。

宮崎 はい(笑)。そしたらなんと、「知ってるよ」と! その場で自分の企画をプレゼンしたら連絡先を教えてくれて、ようやく正しい住所に手紙を送れました。そうしたら、一週間くらいでオーナーさんが新幹線に乗ってここに来てくださったんです。

石井 向こうから来てくれたんですか!それはすごいですね。

宮崎 はい、彼は福井県に住む30代後半の方で、おばあちゃんからその物件を相続したものの、どうしたらいいのかよくわからないという状態でした。

石井 隔世相続をしたんですね。

宮崎 ええ。でも、家は当時すでにボロボロで8年くらい空き家でした。今から新しい住み手はとうてい付かないし、周囲の人も気味悪がっていて。

石井 オーナーさんは、固定資産税の問題もあるけど、周囲に対して申し訳ないという気持ちが大きかったんじゃないですか。

宮崎 そうなんです、あのまま放置しておくことの罪悪感が一番大きかったんじゃないですかね。

hanareも、もとはトイレ共同の風呂なしアパート

石井 たしか、もともとは木賃アパートだったんですよね。

宮崎 はい、HAGISOと同じで、トイレ共同の風呂なしアパートです。この辺はわりとそういう建物が多かったんです。空き家になる前はご高齢の方が一人で住んでいたみたいです。

石井 僕も職業病じゃないけど、街でそういう建物見るとどうしても電気メーターチェックしちゃうんですよ(笑)。空き家かどうか知りたくて。戸建てはできないんだけど、集合住宅は電気メーターが外側にあるので、一つずつ見てみると、「ああ、住んでるよ!」ってわかる(笑)。空き家に見えても、ご高齢の方が一人だけ残っているというのはけっこうありますね。

宮崎 そうですね。で、彼の場合は家を相続したものの、そのままでは使えないし、お金を投入してもどれくらいの価値がつくかわからないし……と悩んでいらっしゃって。しかも、壊して新築を建てると、今の大きさの面積は維持できないんですよね。

(※編集部注:現在、道路の道幅は4メートル以上ないといけないが、昔の道路はそれ以下のものも多い。狭い道に面した家で新築工事をする場合には、道を4メートルに拡幅しないといけないため、土地の一部が接収される)

石井 この家は角地だから、両脇から土地を取られてかなり狭くなってしまうんですね。

宮崎 はい、だから小さい家を新しく建てても回収できるのか、と。採算性が悪いからペンディングにしていたんですよね。そんな状態だったときに、僕が現れたんです。

石井 絶好のタイミングでしたね。

宮崎 僕の最初の提案は、修繕費を全部こちらで出すので、安く貸してほしいというものでした。でも、結果的にはオーナーさんも出資してくださいました。とはいえ、オーナーさん一人が全部負担するよりはリスクが少ないし、今まで固定資産税を払うだけだった物件が、少し収益性のある建物に生まれ変わり、双方にとってよかったんです。

石井 それは大きいですよね。

宮崎 賃料はオーナーさんが出してくれた分を5年で回収できるような価格設定にしました。僕にとっていいのは、家賃相場からすると安く借りられたということと、設計を任せてもらえたので、最初から自分の作りたいものができたということです。

HAGISOでチェックインして、街の宿へ散らばっていくのが最初のアイデア

石井 ラッキーでしたね。オーナーさんとうまくコミュニケーションがとれることってなかなかないんですよ。ところで、今回の宿のコンセプトは街を丸ごとホテルに見立てる、というものでしたよね。

宮崎 はい。だから、それを実現するためにはやっぱり何軒か欲しいんですよ。でなきゃ、HAGISOにコンシェルジュを置く意味がない!(笑) そこでチェックインして、街の宿へ散らばっていくというのが最初のアイデアなんです。今後の課題は宿を増やすことですね。空き家がないことはないんですが、みんななんらかの事情があって……。

石井 相続に関する事情が複雑なケースとか……。

宮崎 係争中だから今は動かせないということが多いし、それが片付けばすぐに売られちゃうし。タイミングが難しいんです。そのときにそこに居合わせるというのがなかなかできない。いつも探してはいるんですが……。

大事なのはコンシェルジュなんです

石井 でも、こういうものが実際にできたというのがすごく面白いと思います。谷中には銭湯がたくさんあるし、昭和の生活が残っているのが魅力です。観光地として盛り上がっているのは大きなメリットですね。あとは、たとえば家を新築する人が部屋を貸してくれたりしたら面白いかも。

宮崎 今はまだ、エアビー(airbnb)がグレーゾーンじゃないですか。それがもし合法になれば、コンシェルジュ機能やリネンの管理だけうちで請け負って、宿泊先となる家へ案内するというのもできると思うんです。大事なのはコンシェルジュなんです。どれだけの情報がここにあるかということ。どんな体験をプレゼンテーションできるかがキモです。

石井 直営店とフランチャイズがあってもいいかもしれないですよね。

宮崎 まさに。

石井 エアビーをやりたい人が加盟店になって、「うちはhanareの看板つけてます」みたいな。

宮崎 そうなんです! 実はそういう風なものも考えているんです。単体でできることは限られていますが、ネットワーク化してくると可能性がずっと広がると思うんです。ただ、ここで僕がプレゼンテーションしたいのは、単純に観光化を進めたいというのではないんです。谷中の場合は、観光が画一化しているのがちょっと心配で。

石井 谷中銀座でメンチカツを買い食いして、ぶらぶらして帰るみたいな……。

宮崎 はい。商店街もおみやげ物屋が増えて、オーセンティックなものが減っています。それが進むと、時間が経てば飽きられて、「はいおしまい」となってしまいます。でも実際は、住民のコミュニティーもあるし、銭湯も残っているし、いいお店もある。地元の人が楽しんでいるような普通の価値をプレゼンテーションして、この環境を保っていく方向に働きかけられないかなと思っているんです。

(後編につづく=5月2日更新予定です)

(構成 宇佐美里圭・写真 篠塚ようこ)

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宮崎晃吉(みやざき・みつよし)

HAGISO 代表、建築家。東京藝術大学建築科非常勤講師。東京藝術大学大学院修了後、磯崎新アトリエを経て、2011年よりフリーランスの建築家・デザイナーに。
建築デザイン事務所:HAGI STUDIO

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PROFILE

石井健(いしい・たけし)

1969年、福岡県生まれ。「ブルースタジオ」執行役員。日本のリノベーション・シーンの創世期から600件以上を手がけてきた。「カンブリア宮殿」(テレビ東京系)でも「古い物件の家賃を倍にする不動産集団!」として紹介される。「郷さくら美術館」(東京・中目黒)で2012年度グッドデザイン賞受賞。また「賃貸アパート改修さくらアパートメント」(東京・経堂)で2014年度グッドデザイン賞受賞。 著書に『リノベーション物件に住もう』(共同編集/ブルースタジオ)、『MUJI 家について話そう』(部分監修)、『リノベーションでかなえる、自分らしい暮らしとインテリア LIFE in TOKYO』(監修)。
ブルースタジオへのリノベーションのご相談は、隔月開催のセミナーや、個別相談で承っています。

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