このパンがすごい!

ドイツ仕込みの妙技、世界遺産の町の「ブレッツェル」 / ベッカライ&コンディトライ ヒダカ

  • 文・写真 池田浩明
  • 2016年7月19日

プレッツェルではなく「ブレッツェル(Brezel)」

写真:ブレッツェル ブレッツェル

写真:日高晃作シェフ
日高晃作シェフ

写真:角食パン 角食パン

写真:角食パン断面
角食パン断面

写真:ドイツの田舎パン ドイツの田舎パン

写真:梅あんぱん断面 梅あんぱん断面

写真:バゲット
バゲット

写真:店内 店内

写真:外観 外観

写真:石見銀山・大森町の町並み
石見銀山・大森町の町並み

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ベッカライ&コンディトライ ヒダカ(島根)

 世界遺産・石見銀山の町、大森町。山の中の小さな町に、ドイツでマイスターになった、ばりばりのドイツパン職人がベッカライを開いている。彼の作るブレッツェルは、石見銀山を訪れた多くの人がおみやげに買って帰る名物パン。「プレッツェル」に対して抱く、「なんかぽりぽりしたもの」というイメージは覆され、一度食べたら誰もが虜(とりこ)になる。

 写真を見ていただきたい。おなじみの形だけれど、少しちがっているのがおわかりだろうか。切り込みが入れられ、白い中身が露出している。そして、太いところと細いところがある。これが、魅惑の食感を生み出す。

 まず、ブレッツェルらしい濃厚な香り、香ばしさ(ラウゲン液というものに焼成前に浸すことで生まれる)を嗅ぐ。いちばん太いところから噛(か)みちぎってみよう。きっと驚くはずだ。表面はかりかりと、その舌ざわりはむにゅっともちっとして、パンらしいニュアンスを感じるではないか。そして小麦の甘さがあり、香ばしさも中に滲(にじ)み、奥深く内蔵されている。

 一方、いちばん細い、交差の部分はぱりぱりぽりぽり。ラウゲン液の香りはより強く、プレッツェルらしさを存分に楽しめる。そして、最大の太さのところ、最小の細さのところの間には、無段階的にさまざまな太さが存在し、それぞれぱりぱりとむにゅむにゅが反比例関係の中でせめぎあっている。その果てしない複雑さが飽きずに食べさせるのだ。振りかけられた岩塩を噛んだとき、しょっぱさがフラッシュのように炸裂(さくれつ)、甘さを加速させる。きっとビールも加速させることはまちがいない。

 日高晃作シェフによれば、実はブレッツェルには、シュヴァーベン風とバイエルン風があり、切り込みを入れて太いところと細いところがあるのは、シュヴァーベン風の特徴である(油脂も多く入る)。日高さんはこのブレッツェルに、ドイツの有名店ベッカライ・バイヤーで出会った。そこで見た、なんとも特殊な成形。細く伸ばした生地を、空中で踊らせるようにひねり、回転させて、ブレッツェルを形作る。なんとしてもその妙技を自分のものにしたいと、日高さんは修行をした。

 成形の技術だけがむずかしいのではない。そんなふうにできるほど生地に伸展性をもたせるには、配合やミキシング、発酵時間、温度を調整し、グルテンの状態をピンポイントに合わせなくてはならない。生地の状態は刻一刻と変わる。だから悠長に成形している場合ではなく、空中で踊らせるようにブレッツェルの結び目を作るというわけだ。

 日高さんは小麦の声を聞くことができる人だ。なぜか彼だけが引き出せる快い食感がある。角食パンもまた私を驚かせた。その特別さを知るには、持つだけで充分(じゅうぶん)だ。風にそよぐ柳のように揺れる。スライスした一枚を指で持つと垂れ下がる。

 口にすると、やわらかく舌に触れ、パンとキスをする錯覚に陥る。十分に水分を含んだ生地は気泡でやわらかくつながって、ほどけやすい。スポンジのように唾液(だえき)を吸収するので、すばやく溶けて麦の甘さを溶けださせる。ぷにゅぷにゅと、噛んでは溶け、噛んでは溶け。

 日高さんはこの食パンを作るために、丸2晩かけて発酵させる。中種と湯種という2種類の種を使用する。「いいパンを作りたければ2種類の種を使え」というドイツでの教えを応用したもの。中種は熟成の風味を作り、湯種はしっとり感を作る。2晩の長い発酵も相まって、ブランデーのような熟成香と、引っぱる力とやわらかさの間の神のバランスを獲得する。

 大森町は奇跡のような場所だ。山あいに突如現われる、江戸時代かと思うような古い町並み。こんな場所が自然と残るはずはない。ここに本拠を置く義肢メーカー・中村ブレイスが、古い家を一軒一軒買い取り、修理し、大事に残してきた。それでも、人口流出はつづき、そこに住まう人を集めなくてはならない。中村俊郎社長の呼びかけに応え、日高さんはこの町の古民家にパン屋を出した。

 こうした活動に共感した一流の料理人たちが、8月30・31日に食のイベント「旅するひと皿」を催す。私も、人気パン教室「わいんのある12ヶ月」主宰の高橋雅子さんとともに、「大山小麦でパンを焼いてみよう!」というワークショップを行う。石見銀山のすばらしさ、おいしいものに触れる機会。お近くの方はもちろん、遠くからでも満足するイベントになると思うので、ぜひお越しください。

ベッカライ&コンディトライ ヒダカ
島根県大田市大森町ハ90-1
0854・89・0500
10:00~17:00(水木休)

>>「このパンがすごい!」でご紹介した店舗マップはこちら

PROFILE

池田浩明(いけだ・ひろあき)

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

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