東京の台所

<127>29歳男子3人、熱くて陽気なシェアハウス

  • 文・写真 大平一枝
  • 2016年9月14日

〈住人プロフィール〉
グラフィックデザイナー・29歳(男性)
賃貸戸建て・4LDK・田園都市線・桜新町駅(世田谷区)
築年数約60年・入居3年・建築士(29歳・男性)とCMプロダクションマネージャー(29歳・男性)の3人暮らし

    ◇

 台所に立つと、床がところどころ沈んだ。ガス台のひとつはネズミにかじられて廃棄したという。

 グラフィックデザイナーのSさんが去年入居した日、あまりの荒れ様に引っ越し業者に玄関先で再確認された。「ほんとうにここですよね?」。人が住めるのか、とその目は語っていた。

 本連載や、住宅誌やライフスタイル誌でもシェアハウスの取材が増えた。私の感覚では、シェアハウスの住まい方には3種ある。1)外国人が短期でシェア 2)広くてきれいな一軒家を居心地良くシェア 3)とにかく安くわいわい楽しくシェア。

 2は、共益費や掃除、ゴミ捨てなど細かくルールを決め、オンとオフをきっちり分ける。くつろぐ場所は基本、個室だ。3は、昭和の下宿や学生寮のノリに近く、みな基本リビングにたむろしている。掃除当番や暮らしの取り決めがほとんどなく、来客も自由に出入りする。住人の誰かの友達が、すぐに全員の友達になる。2よりは人間関係が濃い。

 今回の男性3人は、まさしく後者だ。桜ともみじの葉が茂る庭付きの古い一軒家で、私は昭和にタイムスリップしたような感覚に陥った。

 元は京都の美大の同窓生4人で住み始めた。2013年、この物件を見つけたのは建築士のYさんだ。見学した日、東京には珍しく雪が降り積もっていた。杉板の床、木枠の引き戸、板ガラス。白く覆われた木造家屋と庭の木々。建築士らしいアングルで20カットほど撮影し、京都のTさんに画像を送った。Tさんは東京のCM制作会社への就職が決まっていた。当時のことをこう振り返る。

「雪の家の写真がきれいやなあと。家の前に小川が流れているんですが、下鴨疎水にどっか似ていた。ええやん、即決しよ!ってすぐ返事しました」

 風呂や台所や収納など、室内の設備は気にならなかったのだろうか。

「古くていい感じやし、間取り見たら広いからもうそれでええやん、最高やんって。室内のことは気になりませんでした。もともと僕らは京都でも友達と共同で暮らしてて、そういうことは気にしないんです。部屋数と広さがあればいいやって」

 4人で住んでいたが、2年後、2人が転勤で出て行った。さて、困るのが家賃である。

「だめもとで、二人になってしまったので家賃を半額にしてもらえませんかと、大家さんに正直に相談しました。そしたら、いいですよって。長く空き家だったので、住んでもらえるだけでいいという気持ちだったようです」

 なんだか東京ではないような、驚く話だが、彼らの話を聞いていると大家さんの気持ちも少しわかる気がした。なにしろ素朴で朗らかで素直。私が抱いた彼らへの印象は、きっと大家さんも同じに違いない。でなければこのせちがらい時代に半額はそう簡単に了承されまい。

 友達の友達という縁でTさんと飲んだSさんは、ある日、不意にTさんから電話をもらった。

「部屋空いてるけど住まへん?」

「いやじつは、今日部屋を借りる契約しちゃったところで」

「ちゃんと話せばキャンセルできるから言うてみ?」

「え~、できるかなあ」

「できるできる! どうにかなるって」

 かくして2015年、Sさんはシェアハウスの住人となった。

 ベーコン、カルボナーラ、たこ焼き、オムレツ。YさんとTさんは料理好きで何でも作る。冷蔵庫には調味料や酒や食品がぎゅうぎゅうにつめ込まれていた。食費は、それぞれ作りたい人が買い、誰かいれば一緒に食べるが、割り勘制ではない。だからか、あることを知らずに買い足してしまった豆板醤(とうばんじゃん)が冷蔵庫に三つもあった。

 電気、水道などの共益費は1万円ずつ回収。この中から全員一致で共同購入したものが興味深い。

 ピザ窯、たこ焼き器、圧力鍋。どれも大勢で楽しく食べられる料理の道具ばかりだ。こういうところは迷わないらしい。冬はほぼ毎日、水炊きをする。40人ほど呼ぶパーティーも冬は隔月で開く。世田谷の住宅街で、その規模の宴会はさぞ近所迷惑ではとおもいきや、Tさんは言う。

「隣の方にめっちゃ救われているんです。パーティーの後、お詫びに行くといつも“いいよいいよ、あの太鼓いい音だったねえ。人が住んでくれて私達も賑やかで嬉しいよ”って言ってくれて。高齢の方で、僕らが草刈りをしていると、“これ使って”と株主優待の牛丼屋や居酒屋の金券をくれたり。庭でピザ窯とかBBQなんて、煙も出るし、普通ありえないでしょう。あのお隣さんなくして僕らの生活は成り立たないです」

 社会人としてはまだ駆け出しの彼らは多忙で、食卓に揃うことはあまりない。Tさんに、シェアハウスのメリットを聞くと即答された。

「仕事が忙しくて、一人で暮らしていたら友達になかなか会えない。メールして約束しても、仕事で流れたりして。でもここだったら、家に帰ったら友達がいる。約束が流れない。人に会うっていうかんたんなことがすぐできる。そこがいいです!」

 あとから入居したSさんは、デザイナーだけあり、家具や器や雑貨に高いこだわりがあった。だがここで暮らすようになって変わった。

「みんな、あまり鍵をかけないんですよね。最初はそのこともあって買い物をあまりしなかった。それに、どうせ割れたりかびたりする。そうやってものを手離していくうちに、すごく気持ちがフリーになれたんです。いいなと思うコップはせいぜい1個あれば良くて、2個も3個もいらない。ボウル1個あればいろんな使い方ができて足りる。ものへの過剰な執着がなくなりました」

 これは、再びひとり暮らしに戻ったとしても、変わらない価値観の獲得だ。

 それに、とSさんは穏やかな笑顔で言葉をつなぐ。

「パーティーに改装、ピザ窯。一人ではできないことができる。ここには自分以上の力があります」

 安く住めるからという理由だけでは長続きしない。誰かがいる安心感や、大宴会や、学生生活の延長のような気楽さというありきたりの形容ともどうも違う。もちろん寂しさを埋め合わせているわけでもない。

 共同暮らしの喜びの本質を信じて疑わないかたくなさのようなものが3人にはある。そこがぶれずに身体に染み付いているから、もめないし、いらいらいしないし、心がすれ違わない。

「この暮らしのゴールって何ですか?」

 土足で踏み込むような不躾な質問を投げかけると、「うーん」と彼らは黙ってしまった。Yさんが伏し目がちにつぶやく。

「僕は広島の実家にいつか戻るつもりなんで……」

「そう、こいつ、末っ子の長男坊なんすよー。だから帰らないといけないんすよー。な?」

 その日は結局、住人の恋人やら近所に住む同級生やら、短期居候しているSさんの兄やらがわらわらと集まり、ワインや日本酒がどこからか集められ、取材の最後は8人の宴会になっていた。

 3人の瞳にわずかに寂しい色がよぎったのは、Yさんが広島に帰るといったその一瞬だけだったと思う。今思えば。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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