東京の台所

<130>新米母からベテラン母へ。疾走、16年

  • 文・写真 大平一枝
  • 2016年10月26日

〈住人プロフィール〉
自営業・46歳(女性)
分譲マンション・2LDK・西武池袋線・椎名町駅(豊島区)
築年数16年・入居16年・夫(生花販売業・52歳)、長男(16歳)、次男(13歳)との4人暮らし

  ◇

ていねいになんて暮らせない

 2000年、出産を機に、アシスタントをしていたライターのもとから独立。フリーライターになった。同時に、男性誌から女性誌に軸足を替えた。その4カ月後、2LDK、60平米のマンションを購入。

「独立、出産、マンション購入が全部同時期。家族の生活がどういうものかわからないまま家を持ってしまったので、なんというか、無我夢中でここまできてしまいました」

 と、住人は振り返る。現在は、高校生と中学生の母として、落ち着いた貫禄さえ感じられるが、次男が生まれたときはさらに“しっちゃかめっちゃか”だったという。

 次男はアレルギーを持っていて、乳製品除去のための料理に手を取られた。

 同業なのでよくわかるが、ライターの仕事に定時はない。締め切りが迫れば朝も夜もなくなり、部屋は資料だらけになり、自分の食事さえおろそかになる。そのうえ、子どもは待ったなし。私も、子どもが幼い頃、一日が30時間あったらと何度思ったことか。あるいは困ったらすぐに飛んできてくれるスーパーマンみたいなベビーシッターがいたらどんなにいいだろうと。

 住人が、猫の手も借りたかった頃に買ったものがある。圧力鍋と食洗機だ。乳製品抜きのパンを作りたくて、ホームベーカリーも必需品だった。

 後者以外は時短になる家電で、働く母なら心当たりのある道具ばかりといえる。

 それでも彼女は圧倒的に時間が足りなかった。

「朝型生活がブームになって真似しようと思ったけれど、早起きが辛く、自分には無理だな、と。作り置きをしておくと楽だよと聞いても、作っておくその時間もないし、もともと家事が苦手なので、作り置いた素材をいろんな料理に展開できないんです。仕事に疲れた帰り、今日はどこかで買って帰ろうと考える自分がいやでした」

 今10代~20歳前後の子を持つ女性たちが歩んできた時代に、暮らし本ブームがあった。丁寧に暮らそう、旬の恵みを食卓に取り入れよう、安全に配慮した体にいいものを食べようと各誌が一斉に唱えた。たとえば器は大量のプロダクト製品より作家ものを。その作り手のスローなライフスタイルも注目された。料理家、クラフト作家、建築家……etc。ものをつくる生業の人々の、地に足の着いた暮らしぶりが見直されたのは、バブル崩壊後の世の流れとしてしごく自然なことだ。そういう価値観が広まることは歓迎すべきことでもある。

 だが、いつの時代もお母さんは忙しい。24時間待ったなしの、理屈を理解できない乳幼児を抱えながらフルタイムの仕事を続けるのに、この国はまだまだ優しくない。

 丁寧にできない自分。家を快適に保てない自分。手早く速やかに日常を切り盛りできない自分を責めずにはいられない母親は、きっと彼女だけではない。わたしもまたそのひとりだ。

「小さな頃からルーティンが苦手でした。料理も人が来るおもてなしみたいなイベントなら頑張れるし、味噌造りやパン作りなどの特別なことは楽しめるのだけれど、日常のこととなると気が進まないのです。母になり、毎日同じことを自分が繰り返さないと、家庭がまわっていかないという現実に直面してとまどい、本当についこの間まで、試行錯誤の連続でした」

 自分は気が散りやすいので、と彼女は言うが、そうだろうか。だから日々のことを“きちんと”できないのだろうか。

 いや違う。

 みんなそれぞれに、そうしたいと願いながらできない自分をときに責めたり、落ち込んだり、はいあがったり、なんとか自分流の方法をひねり出したりしながら、綱渡りのように母業を乗り切っている。私にはそう思えてならない。

夫のごはんが教えてくれたこと

 子どもが自分に似て落ち着きがない。心配になってスクールカウンセラーに相談したり、発達や脳科学に関する本を読んだりするうちに気づいた。

「人にはそれぞれ持って生まれた性質があり、何かができないからと言って、がんばってないわけではないという言葉に、はっとしました。ああ、自分もそうだ、気が散るのは性質だとしたらしかたがないのだと。子どもの性質も同じです。できないことを無理にできるようにするのではなく、自分をわかったうえで、性質に合った方法で世の中を渡ればいいのだと思ったら、とても気持ちが楽になれました」

 料理本の仕事も多く、読むのも好きだし、手の込んだ料理にも憧れる。だが、家庭で作るのはもっと普通のものでいいと気づいた。

「本を見て新しい料理を作るより、じゃっと肉を炒めるだけのようなおかずを家族は喜ぶんです。いつか朝型に、の“いつか”なんて来ないと受け入れれば、固執しなくなります。できない自分を責めるのではなく、向き不向きがあるのは当たり前だと、受けとめたらいいんですよね」

 さらに夫からも学んだ。

「アレルギーのこともあって、私は食材や調味料のほとんどを、生協や自然食品店で買っていました。ところが忙しくて、彼が朝ご飯を担当すると、瓶詰めの鮭フレークと、レトルトのミートボールと、ごはんですよの3点セットを順番に出す。野菜は?って聞いても、夫は気にしないんです。それよりごはんがすすむかどうかが、気になるみたい」

 瓶詰めの保存料が特に気になった。ところが──。

「子どもたちが気に入ってるんですよね。夫がおむすびを作るとやたらに大きくて、そこにもごはんですよが具に入っているのですが、子どもたちの大好物で。それを見たら、家庭のごはんってこういうもんだよなあと。楽しくたくさん食べられたらいいし、具が何であれ、お父さんの作った大きなおむすびを食べたという思い出が残るほうが大事。次第にそう思えるようになってきました」

 スーパーに行く。今は子どもは誰もついてこない。男子高生と中学生なのだから当たり前だ。だが、それが寂しいと彼女は言う。

「小さな頃は、次男をベビーカーで押しながら、長男の片手をつないでいると、次男はぐずるし、長男は売り場の物に手を出そうとするしで、買い物一つも大変だったのに、今は私一人。一個楽になるというのは、一個巣立つということ。そう思うと、大変だったことも幸せだったんだなあって愛おしく感じられます」

 しんどかった思い出は泡のように消える。つないだ小さな手のあたたかさだけが、ゆらゆらはかなく、けれども消えそうで消えない炎のように、いつまでも心に灯っている。

 女はあちこち頭をぶつけ、ころんだり、起き上がったり、歩いたり、戻ったりしながらだんだんお母さんになり、ようやくコツを掴んだ、一人前の母になれたと思った頃には子どもが巣立っている。

 いよいよ手狭になったので、じつは来月引っ越しをする。震災を機に、物を持ちすぎたくない、電気を使う道具を減らしたいと考えるようになり処分したのは、圧力鍋、食洗機、そしてホームベーカリーである。次男のアレルギーも治ったので、後者は人に譲った。子育ても一段落つき、それらに頼らなければいけない季節は過ぎたのだ。

「こうしてみると、道具も人生の通過点だったのかもしれませんね」

 今までリビングの片隅を棚で仕切り、仕事コーナーにしていたが、次の家では小さいながらも初めて自室ができるんですと目を輝かせる。

 彼女の人生の、次のステージが始まる。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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