東京の台所

<135>トルコで知った、愛情の手がかり

  • 文・写真 大平一枝
  • 2017年1月4日

〈住人プロフィール〉
 会社員(女性)・38歳
 賃貸マンション・3LDK・京王井の頭線 浜田山駅(杉並区)
 入居1年・築16年
 夫(39歳・会社員)、長男(6歳)、次男(4歳)との4人暮らし

    ◇

 土鍋で炊いた栗ご飯、みそが隠し味の手作りぎょうざ、牛肉と豆腐のすき煮、さつまいも・白菜・玉ねぎ・きのこのみそ汁、黒豆の枝豆、きゅうりのぬか漬け、ミニトマト。食後には、つやつやした栗の渋皮煮が出てきた。私など土日の昼は、麺類一皿で済ますのが常だが、ずらりと料理が並んだ食卓を見て率直に思った。──撮影用だろうか?

 彼女は笑いながら言う。

 「週末の昼か夜はいつもこうなんです。私は忙しい部署にいるので、平日の帰宅はいつも終電間際。夫が子どもの夕食から寝かしつけを担当します。その分、休日は私がはりきるというか、これくらいの品数は作りたくなるのです。子どもたちはパーティーみたいだねっていうんですが、おかずが並んだ食卓をみると、私自身が満たされる気がして」

 共働きで、保育園に通う男児がふたり。育児は夫と交代制にしている。平日は夫が園の迎えに間に合うように退社し、子どもを寝かしつけたあと持ち帰った仕事を食卓に広げることもある。そのかわり土曜日に出社して、終わりを気にせず仕事に集中する。彼女は朝食と、洗濯や掃除など家を整える家事と土曜日の家事育児を引き受ける。日曜日は一家団らん。ルールを作るというより、自然にこのスタイルにいきついたらしい。

 「だから私は平日の夜中、家族が寝静まったあと洗濯物を干したり、部屋の片付けをすることもあります。睡眠時間? ああ、短いけど、わりに平気なんです」

 体力には自信があるが、それでも疲れ果てているときは、干しっぱなしの洗濯物や散らかった部屋を見て深いため息が出ることもある。この間もそうだった。

 23時に帰宅して、リビングで持ち帰った仕事をしている夫の横をバタバタと往復し、山になった洗濯物を汗だくになって片付けていた。……と、夫がのんびりした口調でこう言った。

 「肩もんで~」

 は?と思った。だが、ここで事を荒立てる気力もない。ただでさえ疲れきっているのだ。

 「はいはい。これでいい?」

 と、イスの後ろに立って5秒だけもみ、家事に戻る。すると彼がまた言った。

 「頭ももんで~」

 それでどうしました?と私は身を乗り出す。大学の同級生カップルで、いくら気心がしれているとはいえども、それはないだろうと思ったからだ。

 「あのさー、私が家事してるの見えてるよね?とは言いました。でも、あきれたのを通り越して、もう笑えてきて。このタイミングでそれ言うか? ほんとおもしろい人だなあって」

 声を荒らげてけんかしたことが一度もないという。お互いに冷静な性格というのもある。だがそれ以上に、心の深いところで感謝の気持ちがぶれずに通底しているのではないだろうか。平日の子どもたちの全てを受け持ってくれる彼に。朝10時に出勤してから日付が変わる時刻に帰宅するまで、家のことを一切忘れて仕事に没頭できる環境を保証してくれる彼に。

 当初は夜遅くまで預けられる民間保育園も考えたが、彼が「延長はやめよう。自分が迎えに行くから」と申し出た。その言葉通り、平日の育児を彼は彼なりに楽しんでいる。洗濯物の取り込みを忘れていてもそれがどれほどの失点と言えようか。彼女は言う。

 「我が家は、やれるほうがやれるときにやる。育児は、時間より質だと思っています」

徹夜で栗の皮をむく

 それにしても、である。秋が来れば徹夜で栗の皮をむき、春には山菜の天ぷらを揚げ、梅雨には梅ジュースやあんずジャムを作る。そのやる気はどこから湧いてくるのだろう。

 「食べることは大好きですし、旬を逃したくないという思いは強いです。季節は待ってくれませんから。今食べないと出会えない味がある。夫の実家が丹波で、毎年大きな栗や黒豆の枝豆を送ってくれるので、無駄にしたくないし、それを目の前にするとおーし、やるぞーって夜中でもやる気になります。甘露煮や塩ゆでにして冷凍すれば、季節の味を長く楽しめますしね」

 それだけで、激務の人がそんなに頑張れるものだろうか。仕事で上がりっぱなしだったテンションをクールダウンするのに、保存食づくりや家事はちょうどいいとも彼女は言うが……。

 ほくほくの栗ご飯のご相伴に預かりながら、私は考える。いつか、菓子作りが趣味のママ友がモンブランを作ってきてくれたとき、こう嘆いていた。栗の渋皮って本当にむきにくいんだよ、まず鬼皮に切り込みを入れてむいて、今度は何回もゆでこぼして渋皮の筋をむくの。もうモンブランだけは作りたくないな。

 そうして煮込んだ栗を、この家の子らは本当においしそうにほお張る。滋味あふれる旬の手料理を食べ慣れているのが分かる。いまさらだが、この食卓は撮影用じゃない。

 「夫は結婚前はアパレル業界にいて、激務で体を壊しました。それを聞いて、食の大切さを身にしみて痛感しました。それを機に転職しましたが、今でも野菜が足りないと、彼は不調になります。だから、どんなに忙しくても食事はきちんとしたいというのがお互いにあるかもしれませんね」

 今は彼女が激務だ。そういう働き方をして子育ての一時期を過ごしたことのある私は、なお合点がいかなかった。よほど強い何かがないと、栗ご飯なんて炊けない。

「ビル・カシュク・ダハ」

 連日、終電帰宅が続いているという彼女に追加取材を申し込むべきか考えあぐねていたとき、メールが届いた。

 あれからつらつら考えて思い出したことがあるという。メールには次のようなことが書かれていた。

 『うちは私が中2のときに両親が別居して以来、母はパートに出て忙しいので一家団らんってあんまり記憶にないのです。忙しいながらも母は、季節の仕込みをまめにやる人でしたが。それ以上に、20歳のとき留学したトルコで影響を受けたことが私にとっては大きいです』

 そこから始まった彼女とのやり取りに、私の知りたい核心があった。

 大学3年のとき、彼女はトルコに留学した。下宿した先は、夫に先立たれた老婦人がひとりで住む3LDKのアパルトマン。いちばん広い10畳ほどの部屋に間借りをした。一般家庭なので風呂とトイレは共用、老婦人は三度の食事から洗濯までしてくれた。

 「そのおばあちゃんの作る日常の何でもない料理がなにもかも、本当においしくて。トマトベースの野菜や鳥の煮込み、レンズ豆やひよこ豆のスープ、肉や米をブドウの葉で巻いて炊いたドルマや、ボレッキという具だくさんのパイ。毎週末には、電車で3時間離れたところで自活している大学講師の息子さんがご飯を食べに帰ってくるのでにぎやかになります。トルコでは子どもたちはみんな母親の味が自慢で、私が出会った何人かの女性たちはみな、料理に掛ける情熱が半端なかった。母親もまた、自分の料理は最高という自負があるようでした」

 毎日、ダイニングテーブルで、ワイドショーやドラマを見ながらゆっくり食事を楽しむ。

 ダイニングから離れたところにある台所は意外なほどこぶりで、コンロも作業スペースもシンクも、日本の平均的なファミリー仕様のマンションとほとんど変わりない雰囲気だった。

 その台所で、老婦人は、季節がめぐるごとに旬の果実で鍋いっぱいにジャムを作った。とりわけヴィシュネというさくらんぼで作るジャムが「最高においしかった!」らしい。

 朝食は、トルコパンとともに必ず手作りジャムが何種類も食卓に並ぶ。

 せっせと果実を煮込むその姿を見て彼女はしみじみ思った。──季節を閉じ込めているみたいで、ジャム作りっていいもんだな。

 トルコは裕福な国ではないが、農業が主要産業であり自給率が高く、食卓はゆたかだ。そのうえ、彼女いわく「あの国は完全に家族至上主義、一家団らんの国なんです」。

 いつもおかずを作りすぎる。保存が好き。「おなかいっぱい」と、食事を終えカトラリーを置くと、ニコニコしながら「ビル・カシュク・ダハ」と言ってお玉にいっぱいのおかずのおかわりをよそう。ビルは『一杯の』、カシュクは『スプーン』、ダハは『さらに』。「はい、じゃあもう一杯ね」というトルコの決まり文句だ。老婦人と囲んだ卓を思い出しながら、彼女はこう忖度(そんたく)する。

 「トルコのお母さんたちは、家族をおなかいっぱいにさせることが母親の大事な役目と思っているんじゃないでしょうか。家族を喜ばせるためくふうして手の込んだ料理を作る。ビル・カシュク・ダハは、団らんでの忘れられない言葉です」

 トルコの食卓での最大の学びは、手間ひまかけた温かい料理があれば家族は幸せを感じるというシンプルなことだ。

 「だからみんながそこに集まる。母の手料理があるから家族が帰ってくる。わたしの実家は、みんな全然素直になれなくて、感情の起伏を互いにできるだけ見せないようにして暮らしていました。でも、トルコ人に囲まれていると、私ももっと素直に家族や親戚への愛情、親愛の情、感謝を伝えてもいいのかなあと実家のことを思い出しました」

 中2のときに父が家を出てから、専業主婦だった母はデパートで働き出した。彼女もまた、私立中に通い続けるため飲食店でアルバイトをした。家では、母も5歳下の弟も誰も父のことを話さない。当時の心情を彼女はこんな言葉で形容する。

 「みなが生きるために気を張り詰めていました──」

 父にも母にも、そして自分にも素直になれなかった。父の存在が家族の中でタブー化されたことで、いつしか感情の起伏をできるだけ見せないようにする癖がついていた。気持ちを吐露するより、抑圧するほうに傾く。それは、おそらく団らんという言葉からは遠い暮らしだ。

 彼女いわく、トルコ人は「うざいくらいに」家族を大事にし、愛情をストレートに表現する。そのかわり怒りや不満も隠さず爆発させる。前述のように、「私ももっと素直に愛情や感謝を伝えたら良かった」と言うが、私は少し異なることを想像する。なぜ? 苦しいよ、しんどいよ、寂しいよ、もっと甘えたいよ、もっと愛して! 14歳のとき、強くて、聡明で、責任感の強い彼女は言えなかったたくさんの言葉を心の中にしまって鍵をかけた。本当は鍵なんてかけてはいけなかったのだ。苦しみや不満こそ吐き出すべきだった。トルコ人のように、喜怒哀楽の「怒」や「哀」をすべてまるだしにして初めてわかり合える「喜」や「楽」や親愛の情がある。母や弟の苦しみを思い、そうできなかった彼女の長い時間を思い、私はどうしようもなく胸がつまった。

 「父親のいる家庭の感覚がイマイチわからなかった」と言う彼女の脳裏には、今も鮮明に、トルコの卓を囲むあたたかな家族の光景が焼き付いている。親子、きょうだい、親戚が、会うたび去るたびにほほを寄せ合い抱きしめあう姿や、途方もない手間ひまをかけ、豆やドライフルーツを煮込んで作るアシュレという伝統的なデザートの優しくて甘美な味の記憶とともに。

 かの地では、あちこちで、着替えが入らないほどスーツケースいっぱいに、食材や調理器具を詰め込んで、子どもの留学先や単身赴任先に持っていく母親たちの姿を目撃した。

 「現地で買えばいいのになんて思うけれど、自分の手料理を食べさせなきゃ!と家族を思う必死な気持ちがひしひしと伝わってきました。現地の友人が、トルコ人のお母さんはみんなこうなのよ、と教えてくれた。これも忘れられない強烈な思い出です」

 メールはこんな言葉で結ばれていた。

 『私たち夫婦は、週末だけでも家族で食卓を囲んでおいしいごはんを食べることで、何とか夫婦&家族であり続けられるのかもしれません。それ以外はほとんど業務連絡ばかりだし。逆に言うと、うちの両親の関係が破綻(はたん)したのは、一家団らんがなかったからかな……。家族を大切にし、精神が安定した夫のようなタイプの人と結婚して私はとても良かったのだろうなと思っています。小さな不満はもちろん日々ありますけれど。笑』

 食べきれないおかずが並ぶ週末のごはんも、徹夜の皮むきも、あんずジャムも、原点はトルコのお母さんたちだ。

 手間ひまかけた温かい料理を週末しか作れなかったとしても、彼も子どもたちも、きっと過不足のない幸福に満たされている。

 私が満たされる。時間より質です、という彼女の言葉がよみがえった。いいのだ、これで。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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