このパンがすごい!

絶妙のふわふわ 住宅街のやさしいパン / nichinichi

  • 文・写真 池田浩明
  • 2017年1月10日

棚に並んだnichinichi食パン

写真:黒川卵のダシ巻きサンド 黒川卵のダシ巻きサンド

写真:しんゆりフォカッチャ しんゆりフォカッチャ

写真:店内風景 店内風景

写真:野菜を届けにやってくる近隣の農家さんのために特別に作ったピッツァ(窯入れ前) 野菜を届けにやってくる近隣の農家さんのために特別に作ったピッツァ(窯入れ前)

写真:外観 外観

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■nichinichi(神奈川)

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ハード系も、おやつパンも

 ゆっくりとカーブする坂道を上がったところ。道の両側には巨大なマンション、その背後には丘の上にたくさんの個人宅。絵に描いたような新興住宅地にnichinichiはある。川島善行シェフはここに店を開いた理由を「この町を見たとき、ここに住む人たちのためにパンを作りたくなったんです」と語る。

 昨年12月にオープンしたばかり。まだ30代の新進気鋭のシェフは、国産小麦など国内の素材を使い、最先端の技術を日常の食卓に落とし込む。

 シグニチャーとなるnichinichi食パン。感動的なやわらかさと甘さ。ふわふわの白い中身がやさしさ100%で前歯を迎え入れる。しっとり生地はノーストレスでじゅわんと溶け、幸福のぬかるみが舌を浸していく。さくさく割れる耳。やさしいミルク感を保った香ばしさは、トーストしてもすばらしいことを保証している。

 なかんずく、牛乳とカルピス発酵バターが織りなすピースフルな甘さは浮世を忘れるほど。それは、小麦の味わいに裏打ちされ、両者がバランスをとることで、高みへと昇華しているからだ。

 「北海道産春よ恋100%で作っています。20時間熟成で粉の甘み、風味を引き出す。春よ恋の甘みと乳製品ってすごく合う。どうしてもそれを表現したいと思っていろいろやりました」

 川島シェフの狙いは甘さに加えて「耳を作りたくなかった。ぎりぎり食パンの形を保ってられるぐらいの皮の薄さ」。耳の口溶け悪さを感じさせないほどの、全身ふわふわというイメージ。だが、発酵というひとつの過程の中で、甘さと食感の二兎(にと)を追うのは、困難を極めたという。「すごくゆっくりつないで、水分(すべて牛乳)も多くして、バターの風味が飛ばないように、発酵温度も上げないように。ぎりぎりの時間で焼き切っています」。やわらかさと風味がぎりぎりでバランスをとる、あるかないかの地点を狙っている。

 黒川卵のダシ巻きサンドに萌えた。ぷるぷるにふわふわが寄り添っている。ぷるぷるとプリンのようにやわらかい卵焼きと、それを包むは無抵抗のふわふわさを誇る丘の上食パン。噛(か)まずに自己崩壊しじゅっと溶けて卵液とダシに変貌するという、いわゆる「卵サンドは飲み物です」状態。フェザータッチのマヨネーズと辛子がだめ押しのクリーミーさと味わいのめりはりを与える。

 彩りよく丁寧に野菜をのせた、しんゆりフォカッチャ。全世界の野菜嫌いの子供に食べさせたい。野菜を自然な甘さでくるんで食べやすくする2段3段のバックアップ体制。まず、ばりばり肉厚のカーボロネロ(黒キャベツ)は香ばしくかりっと崩壊する絶妙の火入れ。2番目に待ち受ける大根からジューシーに滋味ほとばしり、と思ったら下にさつまいもが敷かれ、甘さで大根をフォロー。その後ろに隠れていたにんじんが飛び出して甘さに和する。さらにやさしい甘い汁のシャワーはなにかと思えば焼いたみかん。ほのかな酸味と潤いを絶妙に与える。

 野菜は地元のものを使用。これだけおいしくパンになれば、川崎の野菜のおいしさをアピールする場になる。おりしも取材時、野菜を届けにくる農家さんのためにと、野菜を使ったピッツァが焼かれていた。小さな交流が地元を盛り上げる大きな流れになってほしい。

 地元の人たちの「日日」に寄り添う目線。キタノカオリ食パンは「北海道産小麦キタノカオリの特性『もちもち食感』を思いっきり活(い)かそうと思って。お年寄りも多い土地柄なので、おもちのように食べてほしい」。もちもちではあるが、それだけではない。跳ねつつとろけるという新世界。あるいはやさしく舌をなでつつ、やわらかさの中へ舌を埋もらせつつというべきか。舌に触れたところからなし崩しにとろけて麦の汁になる。キタノカオリの本領であるミルキーな甘さも大爆発している。

 「キタノカオリ食パンを買ったおばあちゃんが、店の中にあるベンチに座ってすぐ食べはじめたんです。そしたら『お隣さんにあげよう』とさらに3個ぐらい買ってくれた」

 お客さんを思う気持ちは通じた。川島さんの個性によるものなのだろう、この店のパンはどれもやさしい。口を少しも傷つけないやわらかさ、舌をしびれさせない味わい。このやさしさは、新百合ケ丘の人の「日日」に欠かせないものにきっとなる。

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nichinichi
神奈川県川崎市麻生区万福寺4-8-4 ペルナ101号
044・819・6631
8:00~19:00(不定休)
https://www.facebook.com/Nichinichi新百合ヶ丘-583547288512712/

PROFILE

池田浩明(いけだ・ひろあき)

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

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