太陽のまちから

魔法はかけられないけど、「春よ、来い」

  • 保坂展人
  • 2013年1月11日

写真:松任谷由美さん、保坂展人さん、松任谷正隆さん(左から)。東京都世田谷区の猪俣庭園で 松任谷由美さん、保坂展人さん、松任谷正隆さん(左から)。東京都世田谷区の猪俣庭園で 

 2013年の新春に寄せて、音楽プロデューサーの松任谷正隆さん、シンガーソングライターの松任谷由実さんのご夫妻と対談させていただきました。

 世田谷区民であるおふたりと知り合ったのは、正隆さんが主宰されている京都造形芸術大学・東京芸術学舎での講座に招かれたことがきっかけでした。以来、何度かお話をしてきました。

ユーミンといえば、小さなスピーカーのラジカセから流れてきた荒井由実時代の「ルージュの伝言」や「あの日にかえりたい」。20歳の頃、はかなさと疾走感のある曲調が好きで、よく口ずさんでいました。

 そのユーミンが、『ANNIVERSARY』という名曲をつくったときのことを話してくれました。ラブソングではあるけれど、ただのラブソングではない。いつかは会えなくなるということに思いをはせて、いま目の前の愛する人を大切にしようというメッセージが込められている、と。

「サビの歌詞が思い浮かばないまま近所を散歩していて、神社の石段を登っている時に、木漏れ日が六角形のプリズムのように見えて、“今朝の光は無限に届く気がする”というフレーズができあがりました。その時の光景が今でも焼きついています」

 ユーミンにとって、世田谷は生活の場であると同時に、楽曲が生まれる場でもあるのだと知りました。武蔵野の自然林の面影が残る砧公園には時折、足を運ぶそうです。

 私も元日、砧公園のわきを通りました。恒例の「区民元旦あるこう会」に参加し、区役所から5キロほどの道のりを1時間半かけて歩いたのです。

 世田谷からほかへ移る気はまったくしないという正隆さんは、この街の魅力を「透明感があるところだからではないですかね」と語っていました。

 対談の最後に、私は、文化・芸術を軸とした世田谷からの発信についてアドバイスを求めました。このとき、ユーミンの語った言葉が印象的でした。

「音楽をやるというのは、牛乳瓶に挿した野の花でも、カサブランカより美しく感じられる魔法をかけるようなことで、これからもその魔法を使えたらなと思っています」

それには、見えないものの豊かさを感じられる感性が求められる、とも。

 緑があり、子どもが歓声をあげて駆け回り、高齢者があちこちでひとときを楽しむことのできる。そんなまちづくりを進めていきたいと思います。

 ただ、ユーミンのいう魔法と呼べるようなものは見つからないかもしれません。それでも「春よ、来い」と思い描きながら、この街に住む人々の魅力を引き出し、この国に暮らす誇りを静かにかみしめられるよう、努力をつづけていきたいと思います。

 3・11後にやってきたのは、「過去の延長に未来なし」という時代です。人間とは、危機の中にあればみずから出口を探そうとするもの。そう信じています。もし出口が見つからなければ、みずからそれを創り出す力を持っているはずだから。

◇編集部より

 グリーンエネルギー推進を掲げ、情報公開を進める世田谷区は、市民一人ひとりが主役となる草の根民主主義の実験場でもあります。市民の声に耳を澄まし、市民ためのまちづくりの先頭に立つ保坂展人さんの息づかいをお伝えします。

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PROFILE

保坂展人(ほさか・のぶと)

1955年、宮城県仙台市生まれ。世田谷区長。高校進学時の内申書をめぐり、16年間の「内申書裁判」をたたかう。教育ジャーナリストを経て、1996年より2009年まで衆議院議員を3期11年(03〜05年除く)務める。2011年4月より現職。『闘う区長』(集英社新書)ほか著書多数。

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