太陽のまちから

SNSという「集合知の広場」から

  • 文 保坂展人
  • 2013年1月16日

写真:「子どもの声」問題の発信源となった保育室。ペアガラスと二重サッシで厳重に防音対策がとられていた=東京都世田谷区内 「子どもの声」問題の発信源となった保育室。ペアガラスと二重サッシで厳重に防音対策がとられていた=東京都世田谷区内

 大雪に見舞われた14日の新成人のつどい(成人式)で、私はこんな話をしました。

「20歳の頃、私は学校にも会社にも属していませんでした。100%自由であるということは、100%の毎日を自分で創るということになります。

 正直に言って、毎日のように喫茶店に行って、大学ノートを広げて、自分との対話をしていました。『自分はこれでいいのか』『このままダラダラと時間を過ぎてしまっていいのか』『自分は何のために生まれてきたのか』『これから何をすればいいのか』『これが自分の生き方なのか』」と煩悶(はんもん)しながら、苦いコーヒーを飲みながらひとりで1行2行と書いていました。

 こうして振り返ると、私の20歳は暗く、偏屈なものだったのかもしれません。何を生み出すわけでもない、自分の言葉を獲得するための莫大な時間を費やしていたわけです。ところが、人生面白いもので、この時の経験がその後に役に立つことになります」

 その後、教育ジャーナリストや衆院議員を経て、東日本大震災と原発事故の直後に、88万人の人口を抱える世田谷区の区長になりました。そのとき最初に考えたのが、いかにしてインタラクティブな情報回路をつくるか、ということでした。人々の声にどれだけ耳を傾け、どれだけその声を拾えるか。そこに、政治家の原点があると考えるからです。

 私が活用しているのはツイッターです。現在のフォロワーは47300人を超え、区長になった1年8カ月前と比べると倍になりました。ツイッターの発信に、区職員は誰もタッチしていません。世田谷区長として取り組んでいることや感じたことも、また政治家個人として思うことや主張したいこともすべて個人の責任で発信しています。

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PROFILE

保坂展人(ほさか・のぶと)

1955年、宮城県仙台市生まれ。世田谷区長。高校進学時の内申書をめぐり、16年間の「内申書裁判」をたたかう。教育ジャーナリストを経て、1996年より2009年まで衆議院議員を3期11年(03〜05年除く)務める。2011年4月より現職。『闘う区長』(集英社新書)ほか著書多数。

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