太陽のまちから

「太陽が見えないまち」に青空を

  • 文 保坂展人
  • 2013年2月5日

写真:天安門広場の毛沢東の肖像(中央奥)もかすんだ(1月30日、撮影・奥寺淳)天安門広場の毛沢東の肖像(中央奥)もかすんだ(1月30日、撮影・奥寺淳)

 濃霧の中、交通整理をする警察官が「自分の足元の道路のマークも見えないぐらい」と言う。航空機の離発着ができず、交通事故も多発している。そして、「新鮮な空気」を詰めた缶が売れている――。

 そんなニュースを耳にして、なんだかぞっとしてしまいます。

 北京市内の大気汚染はただごとではありません。有害物質「PM2・5」の濃度は、WHO(世界保健機関)の定める基準の36倍という深刻な値を示していというのだから、尋常ではありません。ぜんそくや肺ガンなど健康と生命への影響が心配されます。

 かつての東京もそうでした。高度経済成長の真っ只中にあった1960年代の日本では、工場の煤煙や車の排気ガスによる大気汚染のため、スモッグで太陽が遮られることも珍しくありませんでした。67年に都知事に当選した美濃部亮吉氏のスローガンは、「東京に青空を」でした。その一言が都民の心をとらえるほどに大気汚染は深刻だったのです。

 環境庁が生まれたのは、その4年後のこと(2001年の中央省庁再編で環境省に)。活発な経済活動や産業振興のためには少々のことは我慢するべきという公害受忍論が残るなか、青空を取り戻そうという声が広がり、長い年月をかけて、富士山が見えるようになったのです。

 さて、北京をはじめとした中国の大気汚染は、対岸の火事ではありません。拡散した汚染物質は偏西風に乗って九州から北海道にまで到達しています。

 ミサイルは撃ち落とすことができるかもしれませんが、空気の流れを止めることはできません。そこに「PM2・5」が含まれていたら、健康被害も懸念されます。

 日本の培ってきた最先端の環境技術を生かした提案を中国にもちかけ、「環境外交」を提案してみるのはどうでしょう。一足早く「公害の季節」をくぐりぬけてきたからこそ、伝えられることがあるはずです。尖閣諸島をめぐる対立がクローズアップされるなか、こんな提案をすると、永田町では煙たがられるでしょうか。

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PROFILE

保坂展人(ほさか・のぶと)

1955年、宮城県仙台市生まれ。世田谷区長。高校進学時の内申書をめぐり、16年間の「内申書裁判」をたたかう。教育ジャーナリストを経て、1996年より2009年まで衆議院議員を3期11年(03〜05年除く)務める。2011年4月より現職。『闘う区長』(集英社新書)ほか著書多数。

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