太陽のまちから

鉄骨さらす防災庁舎が問いかけるもの

  • 文 保坂展人
  • 2013年3月12日

写真:町職員ら多くの犠牲者が出た宮城県南三陸町の防災対策庁舎の前で、地震発生時刻の午後2時46分に合わせて祈る人たち=越田省吾撮影 町職員ら多くの犠牲者が出た宮城県南三陸町の防災対策庁舎の前で、地震発生時刻の午後2時46分に合わせて祈る人たち=越田省吾撮影

 東日本大震災から2年となる3月11日、私は震災直後から支援を続けている宮城県南三陸町の追悼式(総合体育館)に参列しました。

 町の中心部にあった防災対策庁舎も津波にのみこまれ、多くの犠牲者を出しました。南三陸町によれば、死者566人、行方不明者223人といいます(2月28日現在)。

 1500名の町民とともに黙祷を捧げながら、あの地震の後に襲ってきた津波の猛烈な勢いを想像していました。

 式典に先立ってお会いした佐藤仁町長は防災対策庁舎の屋上(高さ12m)で津波をかぶりながら、間一髪で生命をつないだといいます。

「気象庁の発表で高さ6mと聞いて、屋上で様子を見るつもりでした。まさか、津波が防災庁舎の屋上までくるとは…」

 全身ずぶ濡れとなった町長らは、雪が降り、苛酷な寒さにさらされました。津波の瞬間、かろうじて水面の上にあったアンテナによじのぼりました。腰から上は水につかりながらも、胸ポケットにタバコとライターを持っていた職員がいました。手分けして流木を集めて、火をつけて暖をとり、一命を取りとめたのです。佐藤町長はふりかえります。

「あのライターがなければ生きていられなかった」

 私は、宮城県仙台市の生まれです。後に父の転勤のため東京に引っ越したので、5歳までの記憶しかありませんが、故郷と言えば仙台です。震災で仙台市も含めた東北沿岸の街が破壊され、多くの人々の生命が奪われたことに打ちのめされました。そして、仙台市からから約70キロ北に位置する南三陸町(旧志津川町・歌津町)の名前を意識したのは、震災直後のニュースででした。

<南三陸町で8千人〜1万人が行方不明>

 その一報に衝撃を覚えたことを思い出します。

 震災の47日後に世田谷区長になった私は、その南三陸町で「課税元台帳」が津波で流されてしまったと知り、すぐに区役所をあげて支援することを決めました。20人1組の職員が6組、南三陸町の民宿に泊り込んで約8千軒のデータづくりを終えたほか、いまも5人の職員を派遣しています。

 こうして私が、南三陸町を訪れたのは今回が3回目となります。

 最初に訪れたのは津波襲来から4カ月。家や建物が潰れたまま残骸をさらし、まるで時計の針が止まったかのような光景でした。2度目は昨年4月。瓦礫(がれき)の山があちこちにできて片づけが進んだものの、志津川病院など大きな建物は被災直後のままに残っていました。

 そして今、あの一帯には防災対策庁舎がポツリと残っているだけで、瓦礫は片づけられ、かつて人々が暮らした街は何もかもがなくなっていました。

 赤茶けた鉄骨の骨組みだけとなった庁舎には、献花や黙祷を捧げる人が絶えません。私たちが訪れた前日には、庁舎入口の祭壇に置かれた焼香の火が燃え上がり、「火をつけないで下さい」と注意を促したという町職員の方がポツリと漏らしました。

「それでも、(まわりには何もないので)ほかに燃え移る心配はないんですが」

 この防災庁舎は「震災遺構」として、東日本大震災と大津波の犠牲と被害を象徴する場となっています。ただし、ここで42名の方が亡くなるか行方不明になっていることから、遺族などの感情に配慮していったん「解体」が決まりました。しかし、大震災と大津波を忘れないために「保存」を求める声もあり、町民や遺族の間でも意見は分かれ、「まだどちらとも結論は出ていない」(佐藤町長)とのことです。

「心の復興」という言葉を何度も聞きました。

 私たち、東京で暮らす者と被災地のギャップは、いちじるしいものがあります。東京ではすでに日常に戻っていますが、震災から3年目に入る南三陸町ではようやく「復旧」の段階を終え、「復興」の入口に立とうとしているというのが実感です。

 世田谷区の職員5人も引き続き南三陸町に残り、山のようにある仕事に向き合っていきます。現実には、復興をになう土木・建築等の技術職の職員も不足しています。これから始まる仕事が、被災地の生活再建・復興にとっての本番となります。

 ここから、途方もない時間と労力、そして強い意志が必要となります。「震災から2年」を境に潮が引いていくように報道や人々の関心が薄れていくことが、これからの大きな障害になるのではないしょうか。

 少しでも多くの力を集め、支援を効果的に届けるために、知恵を絞りたいと思います。

 ※「太陽のまちから」で前回書いた「東京電力をやめて6千万円の節約」というタイトルの記事には、facebookの「おすすめ」が1万を超えるなど、多くの反響をいただきました。そこで、3月2日のシンポジウムを主催した新電力研究会は4月8日(月)夜に「追加イベント」を実施することになりました。詳しくは、あらためてお知らせします。

このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

PROFILE

保坂展人(ほさか・のぶと)

1955年、宮城県仙台市生まれ。世田谷区長。高校進学時の内申書をめぐり、16年間の「内申書裁判」をたたかう。教育ジャーナリストを経て、1996年より2009年まで衆議院議員を3期11年(03〜05年除く)務める。2011年4月より現職。『闘う区長』(集英社新書)ほか著書多数。

おすすめ

庫内温度は5度から55度まで自由に設定可能。電源ケーブルを差し替えれば、車のシガーソケットでも使用できる便利な小型保冷温庫

車のサンバイザーに取り付ける車載用Bluetoothスピーカーを使えば、運転中の通話も快適

普段は防滴仕様のFM/AMラジオが、災害時には手回し充電ラジオとして働き、USB、AC充電、太陽光充電にも対応する

靴のしっかりしたフィット感と、サンダルの涼しさ、手軽さを併せ持った水陸兼用サンダル

ケースに入れるだけで、お手持ちのデジカメが防水カメラに変身!

僅か6mmという超薄型ボディーで高倍率を実現。老眼鏡なしでも細かい文字が読める


Shopping

  • ダイバーシティープロジェクト