葉山から、はじまる。

<23>効率に背を向け、丘の上からゆったりと

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2013年6月21日
居心地のいいリビングルームがショップのスペース

  • 居心地のいいリビングルームがショップのスペース

  • リビングルームのソファに座ると、目の前には風通しのいいテラスが

  • お気に入りの鉢を持つ、橋口元徳さんと、こうのかなえさん夫妻。テラスには橋口さんが育てている多肉植物の鉢がたくさん

  • リビングルームの棚の上には、ニット作家の渡部まみさんが主宰する「ショートフィンガー」ブランドのポーチが。真ん中のころっとした「さんご」のポーチは4410円

  • 渡部まみさん作、「ショートフィンガー」の1点もののバッグたち。海辺の町に似合いそうなものばかり

  • 「すこし高台ショップ」に新しく仲間入りした「クロブチカレー」は、オープンハウスの日の名物。一皿700円

  • 地図

 葉山の御用邸を背に、町役場にいたる幹線道路をずんずん進む。葉山ガーデンという家具屋さんが左に見えたら、その脇の道を左に入って、すぐ左にある石段をトントントン。上りきった高台に、品のいい庭付き木造平屋がある。その家のリビングルームが、その名も「すこし高台ショップ」だ。

 この、ちょっと見つけにくいショップの存在は、葉山のカフェに置かれていた小さなカードで知った。しかし、一見して何のショップなのかは、わからない。しかもオープンは不定期、冬はまるまるお休みとある。この悠長な感じ。いかにも葉山らしい。いったい、どんなところなのだろう。

 初夏に訪ねた「すこし高台ショップ」は、カツラ、マユミ、ヒメシャラが緑を茂らす庭に、ピンクアナベルや柏葉アジサイが咲き誇り、明るい輝きに満ちていた。

主の橋口元徳さん(46)の笑顔に導かれて、庭先から木のデッキを経由して、開放的なリビングルームにお邪魔する。棚にはLPレコードとプレイヤー、そして写真集に美術誌。その棚の上に、ニット製のバッグやポーチ、皮製のコサージュ、植物をモチーフにしたポストカードが並んでいる。買い物というより、仲のいい友だちの家に遊びに来た気分だ。

 この家は、ウェブディレクター兼デザイナーの橋口さんと、イラストレーターの、こうのかなえさん(34)夫妻の仕事場兼住居。長崎県佐世保の出身で、大学時代から20年近くを横浜で暮らした橋口さんは、5年前、結婚を機に葉山の住人となった。

「直前までは、IT会社に勤務していたのですが、十数年間、朝から晩までパソコンの前で制作に没頭する日々に疲れたんでしょうね。少し自分の生き方のペースを見直したい。そう考えていたタイミングでした」

 葉山には、ひと足先に東京から引っ越した、友人夫妻もいた。その友人、渡部忠さんはIT会社の元同僚で、ホームページの制作やパッケージデザイン、そして楽しいイベントの企画が得意。奥さんの渡部まみさんはニット作家。方や、橋口家の奥さんはイラストレーター。自然と話が盛り上がり、春の「葉山芸術祭」に、カフェ兼ショップを出展することがとんとん拍子に決まった。それが2010年のことだ。

 リビングと庭を開放したスタイルは、「期待以上にうまくいっちゃって、すごく楽しかった!」。どちらからともなく「たまにやってもいいんじゃないの」と声が上がり、「月に1回、みんなが集まれる週末に」と、ゆるやかな枠組みが決まった。

 以来3年。橋口さんはかねてからの趣味だった庭作りに熱中する傍ら、「多肉植物」にのめり込むようになった。サボテンのような造形ながら、トゲや針がなく、ぷくっと肉厚な多肉植物は、近ごろ、癒しの植物として、人気がとみに高まっている。

「水やりは月に2回程度。冬は休眠期で、それ以外の時期は日向で健やかに育つ。シンプルなんですね」

 橋口さんが扱う多肉植物は一風変わった形のものや、通常は挿し木として使われているものなど、プロの目から少し離れたものが多い。

「園芸店の店先には置かれないような、形がいびつなものでも、僕から見ると、お、かわいいな、と」。集めた多肉植物に似合う鉢も見立てて、ショップで販売するようになった。

 そんな橋口さんのセンスを見込んで、20代、30代のデザイン好きな人、ご近所の家族連れから遠方に住む多肉植物マニアまでもがショップを訪ねてくる。

 最初に葉山で借りた家は、もっと山側にあった。今の家はバス停に近く、東京にも出やすい。ショップを開いていないときは、“本業”のウェブデザインの仕事にいそしみ、打ち合わせで週に数回、都内にも通う。

 一方で、近所にオープンしたデリカテッセンの植栽や、普通の家のガーデンデザインを頼まれることも増えてきた。だから、自分の中には、“本業”と“副業”を分ける意識もなくなっているという。

「生業をきちんとこなしながら、好きな多肉植物や、庭作りの腕を売っていく。ガーデナーと自称するのはおこがましいけれど、職業にしても、決め付けないで生きていけるのが、葉山のよさなんでしょうね」

 今の家は、葉山に移り住んだ1年後に、奇跡的に出会えた理想の1軒だ。だから愛着もひとしお。その愛着のある場に、今年はさらにもう一組、ご近所で仲良しの夫妻が加わった。その旦那さん、野上順一さんが、スパイスを一から調合して作る「クロブチカレー」は、ショップの名物として、早くも人気急上昇中だ。

 ただ、どんなに話題になっても、基本に置くのは、自分たちがゆったりと暮らしていく、そのリズム。葉山ではそれができる。だからこそ、この場所が心地よく、みんなに受け入れられていく。

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)など。

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