東京の台所

<22>頭の中の98%が音楽という23歳の“命綱”

  • 文 大平一枝
  • 2013年6月26日
  

〈住人プロフィール〉
 ミュージシャン(男性)・23歳
 賃貸コーポ・ワンルーム・東武東上線、成増駅(板橋区)
 入居2年・築年数20年

    ◇

 学生時代の先輩にひとりやふたり、たいがいこんな破天荒な人がいた。

「鍵を掛けず、年中アパートのドアが開けっ放しで、飲んだとき部屋中にカレーをまいて、パソコンが壊れちゃったっていうミュージシャンの人がいます」という女子大生からの紹介で、彼女の音楽サークルの先輩の部屋を訪ねた。

「久しぶりに皿を洗いました。さっきまで部屋中、凄い臭いだったんです、生ゴミの。あ、どこでも撮っちゃってください。俺、そういうの全然かまいませんから」

 細身の脚にぴったりはりつくようなスキニージーンズがよく似合う。さらさらの髪に、ギターをつま弾く長い指。笑うと白い歯がこぼれて、いかにもモテそうだ。

「そんなことないっす。この部屋じゃ、彼女とか呼べないし」

 はにかんだように笑った。こんな穏やかに見える人がカレーなどをまくのだろうか。

「ああ、あれはたまたまっていうか。酔うと、ときどき何かまきちらかしちゃったりするみたいで……。でも自分の部屋で飲むときだけですよ、それは」

 パソコンもテレビも壊れたままである。ガスも「こんなに高いカネをはらうのはばかばかしい」と自ら解約。半年以上、水風呂に入っていた時期もある。

 大学卒業後は、プロミュージシャンを目指して深夜のコンビニのバイトをしながら、スタジオの練習と月1〜2回ライブをしている。食事は1日1食か2食。まったく食べない日もある。本当にお腹が空かないのだと言う。

「そう言われてみれば、コンビニで毎日おびただしい食品を見ているからかもしれないですね。そもそも、食について考えたことがない。野菜は、群馬の実家に帰省したときをのぞけば、6年くらい食べてないです」

 節約のために自炊をしていて、パスタが多い。だが、鍋やフライパンはない。やかんで茹(ゆ)でている。味つけは、実家から半年に1度送られてくる、顆粒のパスタ用調味料。実家からの宅配便は、いわば命綱だ。

 帰省すると、痩(や)せた息子を心配して、母親が唐揚げだの天ぷらだの、次々出してくる。だから、1日中食べっぱなしで、帰省すると5キロは太るそうだ。5キロとは半端ではない数字である。

 食に興味のない彼が、東京で唯一「ああ、あれ食べたいなあ」と思うものがある。祖母がつくるコロッケだ。いろんな具がゴロゴロ入っていて、大きくておいしい。「だから、スーパーとかで安くなってても東京では買わないんです。どんな店のも、ばあちゃんのコロッケには勝てないから」

 外食や飲み会もほとんどしないかわりに、CDは最低でも月10枚は買う。そこは節約しない。聴きまくって、自分の感性を刺激する。

「バンドのメンバーも就職せずにバイトをしています。プロになるために、今年が勝負だと思っています。今年だめだったら、人生考えようと」

 1日の食事のサイクルも、部屋の方角も、何をたずねても返事はあやふやだった。たぶん、頭の中の98%くらいを音楽が占めているのではないだろうか。それ以外のことは眼中にない。

 ほんの一瞬、彼の人生に触れただけなのに、無条件に応援したくなったし、「音楽のことだけ考えていられる今の生活が楽しくてしょうがない」という独特の熱が、羨ましくてまぶしかった。

 そして、彼よりずいぶん年をとってしまっている私は、ライブで近所に来たら、「食べるものがなくて自分の髪の毛を食べている奴までいる」というバンドメンバー全員を連れて、絶対、うちに寄りな、野菜を死ぬほど食べさせてあげるから!と、よけいな世話をおしつけているのだった――。

つづきはこちら

このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。ライター。生活やライフスタイルををはじめ、人物ルポなども執筆。著書に『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『日曜日のアイデア帖〜ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)、『スピリッツ・オブ・ジャンク・スタイル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)ほか多数。共著に『母弁』(主婦と生活社)、『ジャンク・ウエア』(平凡社)など。 ホームぺージ「暮らしの柄」

おすすめ

SDスロットに差しておくだけで、指定したファイルが更新されるたびに自動で保存してくれる便利なSDカード

栄養素を逃さないのは低速回転?高速回転?

みんなのヒーロー鉄人28号は、等身大の180cm。特大のブラキオサウルスはなんと高さ18m、重さ3t

防災の日を前に、非常持ち出し袋や防災グッズなど、予期せぬ自然災害への備えを見直そう

工事不要、大型テレビもホチキス留めで石こうボード壁に固定できる

プレゼントされた相手は幸せになるとの言い伝えもある、北欧の伝統的な木製マグカップ「ククサ」


Shopping

  • ダイバーシティープロジェクト