東京の台所

<23>夫の婿入り道具とケーキのバイブル

  • 文・写真 大平一枝
  • 2013年7月3日
  

〈住人プロフィール〉
 イラストレーター(女性)・47歳
 分譲マンション・3LDK・小田急線、千歳船橋駅(世田谷区)
 入居10年・築20年・夫(48歳・自営業)、長女(14歳)の3人暮らし

    ◇

 誕生日やクリスマスには、夫が料理を担当し、自分は片づけや配膳などアシスタントをまわるという。

「夫は、実家がクリーニング屋をしていたので両親が忙しく、小3の頃から家族のごはんを作っていたそうです。パスタやハンバーグが得意で、結婚したときはマイフライパンを持ってきましたよ。婿入り道具ですね。大きなプリンとかなんでも作っちゃう。料理は趣味のようです」

 今でこそ彼女も、ふだんの料理や弁当をきりもりしているが、結婚まではほとんど料理をしたことがない。

 独身時代、実家の広島の父がぬか漬けを持って東京の1人暮らしの家をたずねてきた。ぬか漬けをそのまま切って出すと、父が首をかしげながらこういった。

「ぬかは洗うんじゃないかのう?」

 では台所仕事全般がダメかというと、そうでもない。

「お菓子作りは高校生の頃から好きで、毎週なにか作っていました。うちは田舎すぎて、町にケーキ屋さんがなかったです。あるとき『赤毛のアン』を読んで、チーズケーキがどうしても食べたくなったの。どんな味がするんだろうと、食べてみたさに小林カツ代さんの『楽々ケーキ作り』っていう本を買ってきて、見よう見まねで作ったのがお菓子作りの始まりです」

 イラストと文字だけのモノクロの本。そのあちこちに、手書きのレシピメモが挟み込まれた年季ものだ。

「だから自分で作ったのが、生まれて初めて食べたチーズケーキです。本物を知らないし、本を見て作っているから、しっとり度がわからなくて。なんで焼けないんだろうって何度も何度も焼き直した記憶があります」

 母が愛読していた「暮らしの手帖」でレモンバターを作ったり、小説で読んだパンプキンパイを再現したり。カツ代さんの本は甘くて魅惑的な、まだ見ぬ西欧のお菓子の世界にいざなう水先案内人の役目を果たした。

「この間は、中3の娘がこれをみてチョコレートブラウニーを作っていました。親子2代でお世話になっている。1982年の発行ですが、我が家では今も現役の大事な料理本です」

 イラストレーターになり、レシピを描く仕事がきた。カツ代さんの本にあった方程式のようなわかりやすい材料表を提案したら、すげなく編集者に却下された。「いろんなお菓子や料理本が出てるけど、私、こんなにわかりやすい表記ってないと思うんです。この便利さ、作ってみればぜったいわかるのに」と、彼女は今でも残念そうだ。

 お菓子作りが得意なママと、ご馳走作りが得意なパパと。この台所に流れるゆったりとした丸い空気の理由はこれかと合点がいった。同時に、本作りの仕事に関わる私としては、少し背筋を伸ばしたくなった。1冊の本が、親子2代にわたってこれほど長く大事に読まれ続けることもあるのだから、一生懸命、丁寧に、責任を持って書かなければいけない、と。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。ライター。生活やライフスタイルををはじめ、人物ルポなども執筆。著書に『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『日曜日のアイデア帖〜ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)、『スピリッツ・オブ・ジャンク・スタイル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)ほか多数。共著に『母弁』(主婦と生活社)、『ジャンク・ウエア』(平凡社)など。 ホームぺージ「暮らしの柄」

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