東京の台所

<29>品川の街に溶け込む多国籍シェアハウス

  • 文・写真 大平一枝
  • 2013年8月21日

〈住人プロフィール〉
 20代から30代の男女
 シェアハウス・京浜急行線、北品川駅(品川区)・築約30年
 入居者10人 

    ◇

 品川駅から各駅電車でひとつめの北品川駅から徒歩数分。静かな路地の一角にその建物はあった。

「こんにちは〜」と台所で明るく声をかけてくれたのは中国生まれでアメリカ国籍を持つ会社員のカルメンさんと、台湾人のチェルシーさん。チェルシーさんはオーストラリアへ留学後、アメリカの会社に就職し、今は日本の企業に出向している。

「ウィークリーマンションに住もうかなと思ったけれど、知り合いの紹介で下見に来て。台所を見て、すぐ決めちゃいました。みんなでご飯を作って食べたり、住んでいる人同士が仲良くなれるのっていいですよネ。どうせ暮らすんなら、ひとりぼっちより楽しい方がいいよなあって思ったの」

 ふたり仲良く、台所にパソコンを持ち込み、英語でおしゃべりをしている。ベッドルームにはエアコンがついていて、駐車場だった場所をリノベーションした広いラウンジもあるのだが、みななぜか大きなダイニングテーブルのある台所に集まってしまうそうだ。

「みんな日本のお米が大好きです。だから毎日炊いています。基本、和食です」

 そうカルメンさんが教えてくれた。

 いろんな国の人間がシェアしているので、母国の料理を作り合い、すぐミニパーティになる。料理も覚えられ、外食より安くすみ、みんなと仲良くなれるので、いいことだらけだと言う。チェルシーさんの携帯電話には、本格的な中華料理、韓国料理、インドのカレーなどの写真がたくさん保存されていて、ひとつひとつ説明をしてくれた。

 掃除は住人もするが、定期的に外部の業者を雇い入れている。台所も部屋も清潔で、階段にも塵(ちり)ひとつ落ちていない。冷蔵庫の中や、電子レンジの庫内もきれいだ。個々が、使ったあとにまめにきれいにしている様子がうかがえる。勝手に、雑然とした共同生活を想像していた私は、いい意味で裏切られた。

 きっと、自分さえよければ、という考えの人間はシェアハウスには向いていない。次に使う人のために、使ったあとレンジを雑巾(ぞうきん)でひと拭きできるような気配りができること。いちいち使用細則には書かれていないが、そんな大人の振る舞いができる人たちが自然に集まっているのだろう。

 古民家をリノベーションしてシェアハウスにしたのは、33歳の企業家、渡邊崇志さん。いまから4年前、個人と個人、個人と街が繋(つな)がり合える宿をめざして、バックパッカー向けの「ゲストハウス品川宿」を開いた。宿泊者には、近所の飲食店や銭湯を紹介し、できるだけ街の魅力が伝わるように工夫した。飲食店を1軒ずつ訪ねて、メニューの翻訳をかって出たり、宿泊客と一緒に町会や自治会、神社のお祭りに参加したり、イベントを開いて街の人を招いたり。そんな地道なとりくみがリピーターを生みだし、今では客室稼働率は90%を超える。

 そして、この7月、「住みながら街にとけこむ」というコンセプトで、新たにこのシェアハウスを作ったのだ。

「僕の生まれ育った品川は寺社仏閣が多く、小さな商店街もたくさんあって、とにかく祭りが無数にあるんですよ。夏は同じ日に四つ重なることもある。遠くの特別な観光名所じゃなく、そういうローカルの暮らしを楽しむという視線で過ごしてもらうこと自体を、街のコンテンツにしたいんです。それが街の活性化にもなるし、人が人を呼ぶことにもつながる。結果として、多文化共生や相互理解に繋がったら素晴らしいと思うのです」(渡邊さん)

 広さは120m²で、部屋は四つある。個室もあれば、4人部屋もある。部屋にはベッドと机と収納のみで、テレビはない。驚くほど素っ気ないのは、住み手が街にとけこめるようにするためだ。大きくて気持ちのいい銭湯、生ビールが美味しい居酒屋。豆腐屋に甘味屋。街に出て、昔ながらの店が並ぶ北品川の魅力を堪能してもらいたいという願いが、居室をシンプルにさせた。

「ハ〜イ」。渡邊さんがシェアハウスに来ると、みな彼に声をかける。私たちがドアを開けたときもそうだった。ずかずかと台所にカメラを持ち込んだのに、眉(まゆ)をひそめることもない。

 ただ安いから、みんなで暮らしたら楽しいからというだけではないメリットをだれもが共有しているようにみえた。街に心を開くように、人に心を開くかのように。

 シェアハウスの中だけで完結するのではなく、人と街が緩やかに繋がっていくメソッドを内包した新しい住まいの形、なんていったらおおさげすぎるだろうか。ただ、彼女たちがウイークリーマンションに住むより何倍も濃い日本の生活を体験できることだけは間違いないとわかった。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。ライター。生活やライフスタイルををはじめ、人物ルポなども執筆。著書に『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『日曜日のアイデア帖〜ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)、『スピリッツ・オブ・ジャンク・スタイル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)ほか多数。共著に『母弁』(主婦と生活社)、『ジャンク・ウエア』(平凡社)など。 ホームぺージ「暮らしの柄」

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