太陽のまちから

「タイガーマスク」が照らした“出口”

  • 文 保坂展人
  • 2013年9月24日

 9月22日、世田谷区内にある児童養護施設「福音寮」で、「夢をかなえる力」と題したシンポジウムがありました。150人を超える聴衆で埋まった会場で、私は次のように語りかけました。

 3月11日午後2時46分、みなさんは何をしていましたか――。

 私は児童養護施設を出た20代の女性への何度目かになるインタビューをしていました。親の虐待にあい、施設を転々とした日々について聞き終えてパソコンを閉じ、雑談をしていました。

 カタカタカタという小さな音から始まって、まもなく床が滑るように動き、ベランダから見える屋根の瓦がパチンパチンと跳ね飛びました。突然の揺れに、私は倒れてしまいそうなテレビを思わず押さえました。

 もし、東日本大震災がなければ、この時のインタビューも含めて、児童養護施設を巣立った若者たちの実情についてシリーズでレポートを書く予定でした。

 「タイガーマスク現象」という言葉を覚えているでしょうか。東日本大震災の前年の暮れ、「伊達直人」という名前で児童養護施設の玄関にランドセルが届けられたのです。その後、「伊達直人」や「矢吹ジョー」といった名前で全国の児童養護施設へのプレゼントが続いたのです。

 こうして、児童養護施設に社会的な注目が集まったものの、関心はまだ「学校生活の入口」にとどまっていました。

 しかし、児童養護施設では、原則18歳の高校卒業時に退所することになっています。調べてみると、若者たちに手渡されるのは、就職・大学進学時の支度費として、わずか7万7千円でした。ランドセルがふたつ分でしょうか。さらに、両親からの援助を見込むことのできない若者には特別基準額13万7510円が加算された21万4510円。それが当時の最大の支援額でした。現在はそれぞれの支給額が引き上げられ、最大で268510円となっています。

 私は「施設からの出口」も見すえる必要がある、と考えていました。

 衆議院議員時代、私は「子ども」族議員を自認していました。小渕恵三元首相が急逝した2000年には、各党のプランを総合したうえで調整を進め、児童虐待防止法を成立させました。それ以来、児童虐待の通報件数は急増し、児童養護施設での虐待も少しずつ明らかにされるようになりました。

 私はその後も、この法律の見直しに2度、関わることで、虐待の暴力から子どもたちを救い、重大な結果を未然に防ぐことができる社会に向かいつつある、と考えていました。正直にいえば、「いい仕事をした」と思っていたのです。

 ところが、それは早計な思い込みでした。児童虐待防止法ができた数年後、私はある地方の山間部にある児童養護施設を訪れて、大きな衝撃を受けることになります。そのときのことを記した『週刊朝日』(2011年2月11日号)の記事から一部を以下に引用します。

  100人を超える子どもたちの暮らす施設は老朽化していて、小学生は畳敷きの大部屋
 に枕を並べていた。山間部なのに、窓には虫を遮る網戸もない。机の数を数えてみると、
 子どもたちの数よりも少ない。職員によれば、
 「3人でひとつの机を使っています」
  とのことだった。
  高校生の暮らす部屋は真新しかったが3畳と狭く、
 「定員は2人です」
  という。思わず、
 「えっ」
  と声が出た。3畳に2人が布団をふたつ敷いて寝起きしていた。部屋の中央には、最近
 見なくなった円形の卓袱(ちゃぶ)台が置いてあった。勉強するには自室ではなく「学習室」
 を使っているという。
  ふと、気になって、大学に進学する子どもはいるのかと聞いてみた。
  すると職員は、
 「ここでは『大学進学』の話題には触れないようにしています」
  という。この施設では戦後、一人も大学に進学した子どもはいなかった。
 「施設を出る時に、入寮して働ける職場を探すのに一苦労です。せめて運転免許を持たせて
 あげたいのですが……」(職員)

 私は、児童虐待から子どもたちを救出することに目を奪われて、児童養護施設を出た子どもたちにどんな進路の選択可能性があるのかを考えてこなかったことに強いショックを受けました。

 親が養育できない時に「大丈夫、社会が君を育てるから」と引き受けるのが、社会的養護の仕組みだったはずなのに、施設によっては大学進学という選択肢ははじめからない、というのです。

 東日本大震災の直前、私は「タイガーマスク現象」を契機にこの事実を訴え、制度改革につなげる仕事をしたいと考えていたのでした。

 あれから2年半。いまは世田谷区長として仕事を続けています。

 区内には、福音寮と東京育成園というふたつの児童養護施設があり、大学や専門学校への進学者は少なくありません。施設も立派で、進路情報や奨学金なども整っています。

 現在、困難な状況下にある子どもや若者に光をあてて、学習支援・就職支援等の支援にも力を入れようとしています。また、東京都と23区の間では「児童相談所の区への移管」を進めようと協議しています。

 シンポジウムの会場では、福音寮で暮らす中高生が前の方に座っていました。彼らのまっすぐなまなざしを受けて、「児童養護施設を出た後の若者の支援策に取り組まねば」とあらためて思いました。

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PROFILE

保坂展人(ほさか・のぶと)

1955年、宮城県仙台市生まれ。世田谷区長。高校進学時の内申書をめぐり、16年間の「内申書裁判」をたたかう。教育ジャーナリストを経て、1996年より2009年まで衆議院議員を3期11年(03〜05年除く)務める。2011年4月より現職。『闘う区長』(集英社新書)ほか著書多数。

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