東京の台所

<39>料理をしない“住み道楽”の心意気

  • 文・写真 大平一枝
  • 2013年11月6日

〈住人プロフィール〉
 団体職員(女性)・42歳
 賃貸・1DK・丸の内線 茗荷谷駅(文京区)
 入居3年・築6年

    ◇

 少々不思議なメールが届いた。本欄「台所取材協力者募集」のよびかけに応募してくれたその人からのメールには、

<優先順位が”住・衣・食”。18歳で一人暮らしを始め、7回目の引越でやっと理想の住まいを見つけました。でも料理は怖いくらいしません>

 とある。

 テーマが台所だからといって、料理が上手な必要はない。だが、台所や料理道具に凝るのが好きなのに料理をしないとはなぜだろう? 興味津々でさっそく押しかけた。

 建築家が設計したセンスの良い戸建てのような建物が彼女の住まいである。だが戸建てではない。1階が彼女の46m²の1DK。2階と3階は別世帯のメゾネットの集合住宅だ。

 木の扉を開けると、打ち放しのコンクリートの壁と無垢材の床に、さんさんと天窓から日が落ちてくる。明るいモダンな部屋を前に、おしゃれですねえ!と思わず声を上げた。「ありがとうございます。お給料の大半がここの家賃でして。衣食住といいますが、私は“住”がいちばん大事。引越と家賃とインテリアに全エネルギーを注いできてしまったので、貯金が全然ないんですよ」

 と、彼女は教えてくれた。

 ほっそりした小柄な人で、静かな語り口調。女性らしいたたずまいに、料理をする家庭的なイメージを抱いてしまったが、「全然違うんです」と彼女は否定する。

 大枚をはたいて買ったフランスの高級鋳物ホーロー鍋、ストウブもダイニングのシェルフの下の方にオブジェのように飾られている。

「こんな高いものを買ったらさすがに料理するだろうなと思って買ったのですが、自分に裏切られました(笑)。料理本も好きだし、レシピのスクラップもしているんですよ。器も料理道具も買うのが好き」

 暇があるとネットで古道具のキッチンツールを見ては購入しているという。

「なのに、料理をしないの。食に興味がなくて、食べるものは何でもいいんです。理想の住まいにばかりエネルギーを注いでいるうちに、食への興味がおきざりになっちゃったみたいなんです」

 繕おうとはせず、そんなふうに言い切る潔さはむしろ爽快だ。

 朝はトースト2枚とミルクティ、黒ごまをスプーンで食べる。黒ごまは白髪予防のためだそう。そのセットが食器棚の引き出しにあるだけで、あとは食材らしいものがない。

 では、冷蔵庫を見せていただけますかと頼んだから、快く開けてくれた。見ると、質感やデザインが大好きだという野田琺瑯(ほうろう)の保存容器に、料理らしきものが。

「あ、最近この三つだけ作るようになったんです。きのこの塩ゆでと、挽肉の生姜炒めと、キャベツの酢漬け。とにかくこれだけ作っておけば、いろいろに使えて万能だ、と保存食の本に書いてあったので。これ、料理って言うんですかね? ただただ、この三つを土日に作りおきするだけなんですが」

 これさえあれば、混ぜご飯にしたり、ぞうすい、うどん、パスタにとフル活用できる。米かうどんかパスタを用意すれば、自然に料理ができるというすぐれもので、おかげで夜のコンビニ食がぐっと減ったと言う。

 18の頃から、ちょっとお金が貯まったら引っ越しするのが癖になっている。

「人生の99%は日常の連続ですから、たとえば、非日常を楽しむ旅にお金を掛けるより、まず日々の暮らしを心地よくしたいんです。日当たりが良くて、地面に近くて、水回りに清潔感があること。ユニットとカセットコンロとワンルームがあればいいでしょ、みたいなありきたりの賃貸はいやなんです」

 自分にとって大事なことが何か。その優先順位に正解はないし、暮らし方に0点も100点もない。自分に正直に生き、自分が気持ちよく暮らしていくための術を知っている。そういう意味で、彼女は立派な大人だ。

 料理なんて、恋人のひとりも現れたらきっとそのうちすぐやりたくなる。塩ゆでの茸入り雑炊に、鶏肉やザーサイが足されていくのは時間の問題だ。

 彼女はしばらく引っ越しをしないだろうし、遠からず料理を始めると見た。だって、21年かけてやっと理想の住まいを手に入れて、料理をしない理由がもう何も残っていないのだもの。

つづきはこちら

東京の台所 取材協力者募集

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。ライター。生活やライフスタイルををはじめ、人物ルポなども執筆。著書に『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『日曜日のアイデア帖〜ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)、『スピリッツ・オブ・ジャンク・スタイル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)ほか多数。共著に『母弁』(主婦と生活社)、『ジャンク・ウエア』(平凡社)など。 ホームぺージ「暮らしの柄」

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