東京の台所

<40>5人家族55m²、究極のミニマム暮らし

  • 文・写真 大平一枝
  • 2013年11月13日

〈住人プロフィール〉
 会社員(女性)・48歳
 分譲マンション・2LDK・京急本線 雑色駅(大田区)
 入居8年・築38年
 夫(51歳・会社員)、長女(15歳)、次男(12歳)の4人暮らし (長男19歳は秋田でひとり暮らし)

    ◇

「場所はいいけど、狭すぎるよね」と、一度はあきらめたマンションが、しばらく後に値下がりしていた。2LDK、55m²。当時、子どもたちは小6(男)、小3(女)、保育園(男)である。とても子ども部屋ひとつに3人は無理だと思ったが、予想以上に安くなっている。前の家から近く、子どもたちの学区を離れずにすむのも魅力だ。

 「で、なんとかなるわって決めちゃったんです。築年数は古いのですが、わりにきれいに使われていたようで、それも気にいりました。入居後、お金が貯まると少しずつリフォームを重ね、結局、長男が今年の春に秋田の大学に行くまで、子ども部屋はひとつでしのいだんですよ」

 床や壁、家具の色が、白とダークブラウンの2色で統一されているためだろうか。狭苦しさは感じられない。6畳のリビングにはテレビとキャビネットのみ。置くと狭くなるので、ソファさえない。台所は約2畳。少し豪華なワンルームにもありそうなコンパクトな空間だが、表には必要最低限のものしか出ていないので、実際の面積より広々と感じられる。

 ここでは長男が秋田に行くまで毎日、5人分の煮炊きをしていた。

 「去年は長男が大学受験、長女が高校受験で、夜は塾があるので入れ替わり立ち替わり、食べては出て行き、帰ってきては食べ…。私も働いているので、疲れて帰ってきて急いで夕飯の仕度をしていると、へろへろで。夜までずっと台所に立ちっぱなしで目が回るようでした。ときどき、私何やってるんだろう、ただのごはん作る係の人みたいだと思うこともありました」

 明るく笑い飛ばしながら、春までの日々を振り返る。部活や塾のために子どもたちの予定がバラバラで、夕食は3回作った。

 「できるだけ物を置かず、広々と」と言葉で言うのは簡単だが、よほど気を配っていないと、実現は難しい。「それほど工夫らしいことはしていませんが」と言う住人に、試しに冷蔵庫を見せてもらうと、ペットボトルから調味料まで、ラベルデザインがない。

 「ああ、買ったらすぐラベルははがしてしまうんです。どうせ分別ゴミで捨てるときにはがすんだから、先にはがしておくと楽でしょう? なんせうちは家族が多いんで、小さななデザインも、並ぶとうるさくて暑苦しいんです。電化製品や電球ひとつの小さなシールもはがしちゃうんですよ」

 彼女はそう言いながら、取扱説明書のファイルを出して見せてくれた。ワット数が書かれた2〜3センチ四方の電化製品のシールもはがされて、説明書の表紙に貼ってあった。

 器は白と決めている。廃盤がなく、買い換えがきいて、よけいなデザインもなくて、できるだけしまいやすいもの。ひとり暮らし時代は、柄物の器や焼き物など色々あったそうだが、この家に越してきたときにすべて処分した。

「とにかく狭い。だから、デザインやフォルム、本当に必要かどうか。置く場所はあるか吟味します。この家に来て、もの選びの目は人一倍厳しくなりましたね。今はどんなに素敵でも、色味やデザインがあると買いません。家電も見せる収納になってしまうので、できるだけシンプルな美しいデザインのものを選ぶようになりました」

 食事は、働いていて時間に限りがあるので、いかに効率よく短時間で仕上げるかにこだわる。食材は買ってきたらすぐ料理1回分ずつに小分けして冷凍する。皮を剥いたり切ったりの下ごしらえもすます。こうしておくと、帰宅したら食材をすぐ鍋に入れられる。

 効率は追求するが、手抜きをしないところが彼女の特長だ。「おかずというほど派手ではないけど、あと1品ほしいなと言うときにいいんですよね」と、ぬか漬けを作っている。おやつもシリコンで簡単に焼けるドーナツなど、手作りを厭わない。

 あまりに見事な母親ぶりに腰が引けそうになるが、子どもが小さい頃は、やってもやっても家事が終わらなくて、「なんで3人も産んじゃったんだろう」と、日付が変わる前に無性に悲しくなることがあったとか。

 そんな母の葛藤の日々や後ろ姿を、子どもたちはちゃんと知っているのだろう。最近、長男のツイッターで、こんなつぶやきを見つけた。

<夏休みで帰省。実家の母の手料理を久しぶりに食べたら、なにもかもがすごくおいしく感じられる>

 盗み見だからバレたら息子に怒られちゃうんだけど、この「なにもかも」ってのが本当に嬉しくて嬉しくてねえ、と彼女ははじけそうな笑顔で教えてくれた。

 私もなんだかもらい泣きしそうになりながら、よかったですね、むくわれますね、だから書かせてくださいね、とどさくさに紛れて頼んだ。

 子育てのゴールというものがあるのかないのか知らないが、報われる日は、きっとこんなふうに、ある日突然やってくるものなのだろう。そのひとつのきっかけが、お袋の味だったりするのだな。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。ライター。生活やライフスタイルををはじめ、人物ルポなども執筆。著書に『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『日曜日のアイデア帖〜ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)、『スピリッツ・オブ・ジャンク・スタイル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)ほか多数。共著に『母弁』(主婦と生活社)、『ジャンク・ウエア』(平凡社)など。 ホームぺージ「暮らしの柄」

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