東京の台所

<49>信州と米軍ハウスを行き来しながら

  • 文 大平一枝
  • 2014年1月22日

〈住人プロフィール〉
 造形作家(男性)・38歳
 戸建て・3LDK・JR中央線 福生駅(福生市)
 入居5年・築68年
 妻(布もの作家・34歳)とふたり暮らし

 築68年の米軍ハウスを自分たちで改装して住んでいる。2012年、信州・黒姫に、ほぼ未開拓の大地を購入した。以来、東京と黒姫を行き来しながら暮らす日々が続いている。

 黒姫では自力で森を拓(ひら)き、家や小屋を建て、家畜や作物を育てるという自給自足の生活をめざしている。今は、森を開墾している最中だ。

「ゆくゆくは、黒姫に生活の拠点を移しますが、家ができるのはまだ先。この米軍ハウスも古くてギリギリの状況なので、黒姫に完全移住できる日まで、なんとか1日でも長くいさせてもらいたいと思っているところです」

 と、住人は言った。

 大学卒業後、オーストラリアで自給自足をする家族のもとに半年暮らした。住まいも食べるものも、自分の手で作る。その光景がとんでもなく美しかったと、彼は表現する。その原体験が、その後の人生を変えた。

 日本に戻って職業訓練校に入り、溶接の技術を学んだ。木だけでなく、鉄を溶かしてつなげることができると生活の術が驚くほど広がることを、オーストラリアでまのあたりにしていたからだ。

 その後、造形作家としてひとりだちし、布もの作家の妻と結婚。米軍ハウスでの暮らしが始まった。

 いろんな白が混じり合った台所は、ヨーロッパともアメリカふうとも言い切れない。農耕や牧畜による自給自足生活をしていた宗教集団、アーミッシュのライフスタイルを彷彿(ほうふつ)とさせる、シンプルで静謐(せいひつ)な空間。住人夫妻にはおそらくそんなイメージはなく、自分たちが一番気持ちいいスタイルを追求したらこうなったにすぎないのだろうが。

 白くてきれいなキッチンだね、と友人や来客にときどき言われるそうだが、奥さんに言わせると、じつは入居したときは一番嫌いな場所だったとか。

「黒い油がべたべたと何層にも重なって張り付いていて、ごみや虫の死骸が落ちていて、たばこや埃(ほこり)やカビの臭いで息もしたくないほど。本当に気持ちが悪くなってしまうような場所だったんです」

 1カ月かけて、黒い油を取り去るところから台所の改装は始めた。ダイニングの木製のサッシからはいまだに雨が入り込み、雨漏りもあるが、便利なアルミサッシに変えるつもりはない。

「最初の状態を見ているし、全部自分たちでケアしたので、見た目はきれいでも、家の耐久度は今が限界。なんとか持ちこたえているというのがよくわかります」

 台所のシンクを直し、屋根を直し。大雨や台風のたびにケアをしながら、ふたりは「頼む、持ちこたえてくれよ」と話しかけるようにして暮らしているのだろう。私のように、なにか些細(ささい)なことでもすぐに業者を呼ぶような発想はない。暮らしは自分の手で。そういう信念を、誇りと表現するには軽々しくてしっくりこない。

 昨年は、夏は黒姫の開墾、寒くて作業ができない冬は、全国で作品を展示販売というサイクルで暮らした。その結果、「気が狂いそうなほど忙しくて休日が1日もなかった」と笑う。

 結婚して5年だが、そもそも「何もしないゆっくりした休日」は、東京では1日もない。昨年旅したフランスが新婚旅行のかわりであり、初めての休日とのこと。

「黒姫のりんご農家さんも正月2日から働いていました。自然を相手に暮らすというのはそういうもんだと思う。やらなきゃいけないことが次々ありますから」

 働くことと暮らすことが一対になっているふたりにとって、忙しいことは苦しいことではない。一番嫌だった台所が、今は一番好きな場所になっている。そんなふうに、全部自分たちの手でコツコツと、想像しながら創造する生活は、体には厳しいけれど、きっと深い喜びを伴う作業にちがいない。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。ライター。生活やライフスタイルををはじめ、人物ルポなども執筆。著書に『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『日曜日のアイデア帖〜ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)、『スピリッツ・オブ・ジャンク・スタイル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)ほか多数。共著に『母弁』(主婦と生活社)、『ジャンク・ウエア』(平凡社)など。 ホームぺージ「暮らしの柄」

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