葉山から、はじまる。

<47> 葉山カルチャー育ての親が大切にしたもの

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2014年2月7日

 今からさかのぼること22年前。1992年の春、葉山町に1軒のギャラリーがオープンした。場所は一色にあるショッピングモール「かやの木テラス」の一画。ショッピングモールといっても、木立を背景にウッドデッキが張り巡らされた、葉山らしい趣にあふれたところだ。

「SUNLIGHT GALLERY(サンライト・ギャラリー)」と名付けられた場所の運営方法はユニークだった。出展者の経歴は不問、作品の事前審査もなし。ただ、出展したい人が、その人らしい立ち居振る舞いをしているか。それだけが基準とされた。

 ギャラリーを主宰したのは、美術作家の故・永井宏さんだ。永井さんはシンプルなポリシーを掲げていた。

「誰にでも表現はできる。ぼくたちの暮らしそのものが、ひとつの表現になる」

 カフェでもいい。パンでもいい。日用の雑貨でもいい。暮らしと向き合った手の仕事で、自分の居場所を確認していく。そんな生き方を、永井さんは「ネオ・フォークロア」と名付けた。

「フォークロア」は1960年代にヒッピームーブメントを経験したアメリカ人が、70年代、80年代に、より自然に添った生き方を志向したときのキーワードだ。西海岸のカルチャーに通じていた永井さんは、バブル経済が終わり、成熟に向かう日本で、より繊細で、より洗練された「生活の芸術化」を探ったのだった。

 プロのカメラマンやイラストレーターから、スタイリストのアシスタント、アーティストの卵にいたるまで、ギャラリーには多彩な才能が集まった。その中には、後に鎌倉で「cafe vivement dimanche(カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ)」をはじめる20代の堀内隆志さんや、まだ10代後半だった根本きこさんもいた。

 永井さんはいま、三浦半島の南西部、横須賀市長井の長徳寺に眠る。2011年4月、病を得て60歳で旅立った。

 1951年、東京・世田谷で生まれ育った永井さんは、多摩芸術学園(現・多摩美術大学)で写真を学んだ後、アパレル会社勤務を経て、雑誌『ブルータス』にフリーランスの編集者として参加。時代はバブル経済華やかなりしころで、ニューヨーク、サンフランシスコ、パリと、世界の大都会を駆け巡りながら、先端のカルチャーを吸収、発信した。

 毎日、昼過ぎに起きだして、午後から仕事をはじめ、夜になったら街で飲む。狂騒と興奮を背景に、宵っ張りの日常を送る中で、ある日ふと、「東京はもういいや」と思った。経済の発展とともに、古い街の記憶をどんどんと捨て去っていく大都会が、いいと思えなくなったのだ。

 その少し前からウインドサーフィンにハマって、週末になると三浦半島に通っていた。浜では顔見知りが、心地いい距離感で、それぞれの時間を悠然と楽しんでいた。逗子、葉山、横須賀のエリアでは、子どものころになじんだ商店街や住宅街の光景が人々の生活とともに息づいていて、その雰囲気にも心が惹かれた。

「お金を稼いでも、あっという間に使ってしまう都会の暮らしと、収入が少なくても時間があって、無駄遣いもあまりしない暮らしと、どっちがいいかな。うーん、どっちもいいけど、僕はこっちかな」

 ブルータスの編集を辞めて、90年に世田谷から逗子に引っ越した。39歳のときだった。

「ひとつ確かなことは、都会から引っ越すと、仕事と収入が激減すること」と、かつて永井さんは笑っていたが、収入が2分の1、3分の1になっても、楽しく暮らしていけることが、海辺の町での新鮮な発見だった。

 ただし永井さんは、能天気なその日暮らしを標榜したのではない。

「お給料をくれる人がいない以上、自分で何かを作り出して生きていくしかない。仕事のないところに暮らすには、生きるための『思想』と『哲学』が必要になります」

 その「思想」と「哲学」を託した言葉が「ネオ・フォークロア」で、後続の世代と分かち合う空間が、葉山のサンライト・ギャラリーだったのだ。

(→後編に続きます)

※文中に引用した永井宏さんの言葉は、生前に取材でうかがっていたものです。

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)など。「『葉山から、はじまる。』取材者だより」はこちらから。


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