東京の台所

<53>関西生まれの30歳、浅草の嫁になる

  • 文・写真 大平一枝
  • 2014年2月19日

〈住人プロフィール〉
 フリーライター(女性)30歳
 建て売り2世帯住宅・1LDK×2・銀座線 浅草駅(台東区)
 入居2年・築約10年
 夫(会社員・39歳)、義父(68歳)と3人暮らし

 兵庫出身の住人は結婚後、浅草に移り住んだ。妻に先立たれた義父との2世帯住宅である。

「世田谷で一人暮らしをしていて、東京ではこれが2軒目。なのにいきなり夫の生まれ育った下町に越し、そのうえ2世帯ですし、最初は戸惑いました」

 しばらく義父におかずを作って持っていったりしたが、「気を遣わなくていいよ」と言われ、今はふた月に1度ほど、すき焼きや鍋などを一緒に楽しむ。

 義父は浅草で商売をしていることもあり、洋食が好きで、友だちが多く、海外へもよく行く。アルマーニのデニムを履きこなすようなハイカラな人で、「寂しいかも」などという気遣いは無用だったのだ。

「想像していた2世帯住宅のイメージが変わりましたね。お互いに干渉しないので、こんなに自由にさせてもらっていいのかなと思います。この間も、夫が、そろそろ玄関だけでも一つにしようかって言ったら、『いらない』と即答されました(笑)」

 ただ、3人で卓を囲むときの料理だけはいまだに緊張する。

「私は薄味の関西風。夫や義父は東京の濃い味が好き。新婚のとき、夫が私の料理に醤油をかけるので喧嘩(けんか)になりました。煮物や焼き魚も食べてくれませんでしたし。彼の家の味を聞きたくても、義母はずいぶん前に亡くなっているので……」

 義母をよく知る人から「だしをきちんととる人だった」と伝え聞き、「そんなふうに丁寧に作っていた人の料理を毎日食べていた夫の胃袋をつかめるのかな」と、ぼんやり悲しく思ったこともあるらしい。

 結婚6年目の今は、東京風でも関西風でもない夫婦の味が確立されてきて、漠とした不安はいつしか消えていた。だが、義父はまだ味についてあれこれ言うのを遠慮しているかもしれないと、ときどき不安に思うこともある。

 そんなときは、こう自分に言い聞かせる。いまだに義父の部屋の壁には義母さんとの写真がたくさん飾られ、毎朝、お経を唱える声も聞こえてくる。月命日には欠かさずお墓に行く。そんな存在に追いつこうと思うこと自体がおこがましいのだ、と。

 節分、三社祭、七夕、ほおずき市……。浅草には季節感があると言う。世田谷のワンルーム時代は、地域の祭りもイベントとも一切無縁だった。

 越して来て間もない頃。一人で家にいたときに激しい腹痛に襲われ、救急車を呼んだ。タンカで運ばれる最中、わらわらと近所のおばちゃんたちが集まってきて、口々に「大丈夫?」と心配された。

「あなた、あそこの家の子よね、今日はだんなさんいないの?」
「今度なんかあったら、私に言いなさい!」

 家も、結婚していることも。挨拶もしたこともない人たちが、自分のことを知ってくれていた。知らぬうちに受け入れてもらっていた。そのことがたまらなくうれしかった。

「私が浅草の威力を知った日です」

 そう断言する彼女を見て思った。こうして味つけも近所づきあいも、急がずゆっくり、浅草の人になってゆくんだな。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。ライター。生活やライフスタイルををはじめ、人物ルポなども執筆。著書に『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『日曜日のアイデア帖〜ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)、『スピリッツ・オブ・ジャンク・スタイル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)ほか多数。共著に『母弁』(主婦と生活社)、『ジャンク・ウエア』(平凡社)など。 ホームぺージ「暮らしの柄」

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