山内英子さんインタビュー(中)

(画像はいずれも山内さん提供)

遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)であることが仮に分かったとして、がんを発症するリスクを減らすために、どんな対策が考えられるのでしょうか。

まず、HBOCであることがどのような経緯で判明するのかを考えます。

多くの方の場合、乳がんや卵巣がんを発症するまでは、HBOCであることを意識することはありません。私たちの病院では、乳がんを発症した患者さんに対し、親御さんやきょうだいに乳がんにかかった方がいないか、家族歴を必ず尋ねるようにしています。家族歴がある場合、遺伝性である可能性があるということで、遺伝診療部において遺伝カウンセリングを受けていただくようすすめています。

遺伝カウンセリングについては次回、詳しくお話ししますが、ご本人の希望があれば遺伝子検査をし、HBOCの原因であるBRCA1またはBRCA2という遺伝子に病的変異がないかどうかを調べることになります。

最近は、乳がんや卵巣がんをまだ発症していなくても、HBOCが心配だといって受診され、遺伝カウンセリングを受けられる方が増えてきました。やはり、米国の女優アンジェリーナ・ジョリーさんが、がんの発症予防を目的に乳房と卵巣、卵管を切除したという話題の影響が大きかったと思います。

BRCA1またはBRCA2に病的変異があると判明すれば、がんを発症していなくても、HBOCと診断されます。こうした方が乳がんや卵巣がんのリスクを減らすために、いまのところ3つの対策があります。①早い時期からの継続的な検診②薬物療法③予防的な手術です。

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まずは検診について。HBOCは、そうでない女性に比べてより若い年齢で乳がんを発症しやすいという特徴があります。いま、一般的な女性で乳がん検診がすすめられているのは40歳以上ですが、HBOCなど遺伝性腫瘍(しゅよう)の場合は若年からの発症の可能性が高くなります。このため、自己の乳房について18歳から意識していただくようにし、25~29歳は年に1回のMRI(MRIができなければマンモグラフィー)を、30歳~75歳は年1回のMRIとマンモグラフィーを受けていただくようすすめています。

これらの検診に公的な保険は効きません。それは一般的な乳がん検診と同様ですが、通常の乳がん検診では受けることの少ないMRIは、1回あたり3~5万円ほどの費用がかかります。

卵巣がんは、乳がんと違って検診をしてもがんを早期に見つけるのは難しいといわれています。またBRCA遺伝子の変異が関係する卵巣がんは進行が早く、がん細胞がおなかの中の腹膜という場所に散らばってしまいやすいといわれています。

次に薬物療法です。乳がんの治療に使われるタモキシフェンというホルモン剤(錠剤)を1日1回、乳がんの予防を目的に5年間服用します。ほてりやのぼせといった更年期に近い副作用などがあり、発症前の人が予防的に服用する場合は保険が効かず、1カ月間に1万円ほどの費用がかかります。

また、経口避妊薬を服用することで、卵巣がんのリスクを減らすことが期待できます。一方、経口避妊薬を長期間続けると乳がんのリスクが逆に高まるという指摘もあります。

最後に予防的な手術です。がんが発生する可能性がある乳腺を、発症前に全摘してしまう方法を「リスク低減乳房切除術」と呼びます。やはり健康保険は適用されず、手術費用は片側の乳房で20~50万円、両側だと50万~100万円ほどかかります。乳房再建の技術も進歩し、自然な見た目にすることができるようになってきました。ただ、予防切除の場合は再建にも保険が効きません。費用は片側だけで100万円ほどかかります。

卵巣がんの場合は「予防的卵巣卵管摘出術」と呼ばれ、卵巣とともに卵管を取りのぞきます。手術は腹腔(ふくくう)鏡を使って行われることが一般的です。卵巣がんを発症する危険は35~40歳ころから高まるため、このころの年齢で、出産が終わっているタイミングで切除するのが望ましいと考えられています。あるいは、家系内で最も早く卵巣がんを発症した年齢のころに切除することもあります。やはり保険は適用されず、40~60万円ほどの費用がかかります。

卵巣は女性ホルモンを分泌する臓器ですから、卵巣を切除することで更年期のような症状が起こることがあり、女性ホルモンの減少が関係する骨粗鬆症(こつそしょうしょう)や血管の病気のリスクが上がります。このため、ホルモン補充療法が考慮されます。

予防的な切除をすることで、乳がんを発症するリスクを90%、卵巣がんでは96%と、大幅に減らすことができます。このリスク低減効果は、薬物による予防効果よりも大きいです。また、卵巣がんの切除によって、あるタイプの乳がんのリスクを減らすことができるともいわれています。

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また、5年ほど前に米国の著名な医学雑誌に載った報告によれば、BRCA1ないし2遺伝子に変異がある女性を対象に、予防的卵巣卵管摘出術を受けた場合と受けなかった場合の死亡率を比べたところ、受けた人の方が死亡率が低いという結果でした。がんの発症リスクだけでなく、死亡のリスクも減らせることが確かめられたことになります。

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ただ、乳房や卵巣を予防的に手術で取りのぞいたとしても、がんの発症を100%予防できるわけではありません。わずかに残った乳腺からがんが起こったり、卵巣を摘出する段階ですでにがん細胞が腹膜にこぼれ、がんを発症したりする可能性があるからです。また、予防的切除をしなかったとしても、結果的にがんを発症しなかったという可能性も考えられます。

手術自体のリスクもあります。乳房を切除した場合、乳頭や皮膚の感覚はもとのようには戻りません。卵巣をとることで子どもをもつことはできなくなるほか、閉経に伴う更年期障害に似た症状が出たり、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)のリスクが高まったりすることがあります。

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次回は、遺伝子検査などを受けるかどうか選択するのにあたり、どんなことを考えていただきたいか、お話ししたいと思います。

<アピタル:インタビュー・アピタルがんインタビュー> http://www.asahi.com/apital/channel/interview/

田村建二

田村建二(たむら・けんじ) 朝日新聞編集委員

1993年朝日新聞入社。福井支局、京都支局、東京本社科学部、大阪本社科学医療部次長、アピタル編集長などを経て、2016年5月から編集委員。