山内英子さんインタビュー(下)

(画像はいずれも山内英子さん提供)

遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)であるかどうかは、BRCA1、BRCA2という遺伝子に変異があるかどうかを調べることで分かります。今回は、変異の有無を調べる遺伝子検査を受けるべきかどうか、またHBOCであることがわかった場合に、がんの発症を防ぐための乳房や卵巣の切除術を受けるべきかどうか、選択するうえでどんなことを考えていただきたいかについて、お話ししたいと思います。

前回も触れましたが、多くの方が遺伝性の乳がんについて考えることになる直接のきっかけは、ご自身が乳がんの診断を受けることです。もし、ご本人のきょうだいや親御さんも同じように乳がんを発症されていたとすれば、遺伝性である可能性が出てきます。また、まだがんを発症していなくても、ご家族が乳がんにかかったのでひょっとして自分も、と心配されて受診される方もおられ、最近はこうした方も増えています。

こうした場合、患者さんにおすすめしているのが「遺伝カウンセリング」です。遺伝カウンセリングでは、遺伝性の病気に詳しい医師や看護師らが患者さんやご家族のお話をじっくりと聞き、詳しい情報を提供することを通して、患者さんご本人やご家族の不安を取りのぞき、納得できるよりよい選択ができるようサポートします。私たちの病院では遺伝診療部という部署が遺伝カウンセリングを担当しています。国内でHBOCの遺伝カウンセリングを受けられる施設は、日本HBOCコンソーシアムのサイトで見つけることができます。費用は施設によって異なりますが、30分あたり5000円前後が一般的です。

※カウンセリング・検査施設一覧 (http://hboc.jp/facilities/index.html

カウンセリングではHBOCとはどんな病気か、原因となる遺伝子の変異はどのような形で子どもに受け継がれるのか、遺伝子に変異があった場合に乳がんや卵巣がんを発症する確率はどれほどか、発症のリスクを減らすためにどんな手段が考えられるかといったことについてご説明します。

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まず、遺伝子検査についてお話しします。

遺伝子検査では、ご本人から血液を採取し、血中の細胞からDNAを取り出して、BRCA1とBRCA2の遺伝子に変異がないかどうかを調べます。専門の検査機関に委託し、結果が返ってくるまでに3~4週間かかります。費用は、ご本人の検査の場合は25万円ほど。家系の中で変異があると分かっている方の血縁者が受ける場合は4~5万円ほどかかります。

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結果には主に3つのパターンがあります。(1)病的な変異を認めない(陰性)(2)病的な変異がある(陽性)(3)乳がんや卵巣がんに関係しているかどうかはっきりしない変異がある(未確定)、です。

(1)の場合、乳がんや卵巣がんを発症するリスクは一般の人と変わらないと考えられ、通常と同じように乳がん検診などを受けていただけたらと思います。ただし、BRCAとは別の遺伝子に変異がある可能性は否定できないので、家系内でがんを発症した人がいるかなどを慎重に検討する必要があります。

(2)の場合は、再発も含めて乳がんや卵巣がんになるリスクが一般よりも高いと考えられ、そのリスクに応じた治療法や予防法を考える必要性が出てきます。また、ご本人と同じような遺伝子変異を、お子さんやきょうだいといった血縁者ももっている可能性があり、そのことを伝えるかどうかなどについて、考えていただくことになります。

(3)は、遺伝子の変異は見つかっても、それが乳がんや卵巣がんの発症にかかわっているかは、現時点ではわからない、というものです。今後、データが増えて病気との関係が明らかになれば、追加で結果をお知らせすることになります。ただ、血縁者で複数の人が乳がんなどを発症しているようであれば、追加の結果を待たずに予防法を検討することもあり得ます。

私たちの施設ではこれまで、1000人近い方が遺伝カウンセリングを受け、約500人の方が遺伝子検査を受けています。

遺伝子検査を受けることで、どんな利点が考えられるでしょうか。

たとえ結果が陽性だったとしても、ご自身のリスクを知ることをきっかけに、検診をより積極的に受けることを通してがんを早期発見できる可能性があります。また、がんが発症する前に予防策をとることもできます。遺伝子の変異はお子さんやきょうだいとも共有していることがありますから、その結果をお伝えすることで、血縁者のがん対策につなげられることもあります。陰性であれば、乳がんや卵巣がんのリスクがとりわけ高いわけではないことが確認でき、安心につながります(ただし、絶対に発症しないというわけではないので注意が必要です)。

一方、遺伝子検査を受けることで悩みが深まることもあります。

結果が陽性だったとしても、100%がんを発症するとは限りませんが、必要以上に心配になってしまうことがあります。「病気が子どもに伝わってしまうのではないか」と気になったり、罪悪感をもってしまったりすることもあるかもしれません。

医療保険などへの加入を考えておられる場合、現時点において、結果を保険会社などに伝える義務はありません。ただし、陽性の結果が何らか不利に使われる可能性が、将来においてもないとはいいきれません。米国では、遺伝子の特徴を理由に保険などで差別的な扱いをすることを禁じる法律がありますが、日本ではまだこのような制度がありません。

知ってしまうことで、知らないときには予想もしなかった心の負担を抱えることになることもあります。

例えば、ある女性にお姉さんがいるとして、自分は検査を受けたいけれども、お姉さんは結果を知りたくないと思っていたとします。もし、女性本人の結果が陽性だとすると、お姉さんも陽性である可能性が50%あるんです。お姉さんが知りたくないからといって何も伝えず、もしも後になってお姉さんが乳がんを発症してしまったら、女性本人は「伝えなかった自分が悪かったのだ」と自分を責める気持ちになってしまうかもしれません。

もちろん、検査を受けるために必ずしもご家族や親戚の同意を得る必要はありません。ただ、結果を知ることがご本人だけでなく、血縁者の人生にも影響するかも知れないことをあらかじめ知っていただきたいのです。そしてできれば、検査を受けることについて、事前にご家族で話し合いをしていただけたら、と思います。

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「結果を親戚にも知らせるべきか」という選択に関連して、まだ乳がんや卵巣がんを発症するリスクが低い10代の若い方であれば、あえてお知らせする必要はないと思います。どのように対応すべきかは本当に、お一人おひとりのケースによって全然違います。なので、遺伝カウンセリングでは個別の事情をじっくりお聞きして、対応を一緒に考えるようにしています。

次に、HBOCと診断された方が、予防的な手術を受けるべきかどうかについて考えます。

前回もお伝えした通り、乳房や卵巣をあらかじめ切除することで、それぞれのがんを発症するリスクを大きく減らすことが可能です。技術が進んで、最近では見た目も自然な乳房を再建できるようになってきました。

ただ、予防的切除をしても、がんの発症を完全に防ぐことはできず、リスクもあります。乳房や卵巣を切除したあとになって、「やはりやめておけばよかった」と思っても、元に戻すことはできません。こうしたことを踏まえたうえで、それでも、ご本人が本当に強く希望されている場合、私は予防的切除という手段はやはり、提供されるべき医療だと思っています。私たちの施設ではこれまでに何人かの方に手術を行っています。

手術を受けるべきかどうか、私たちの側からどちらかをおすすめすることはありません。ご家族を含めたそれぞれの事情や、ご本人がどんなことを望んでいるかなどを踏まえたうえで、納得いく形で選んでいただく。私たちはその選択をサポートできるよう、よりよいカウンセリングと医療を提供していきたいと考えています。

医学の進歩で、BRCA以外にも病気にかかわる遺伝子がどんどん解明され、それとともにどんな医療を受けるべきか、その選択肢が増えてきています。「みんながそうしているから」ではなく、ご自分に一番合った選択をしていかれることが大事です。まずは知識をもっていただき、それぞれのメリット、デメリットをもとに判断していただけたらと思います。正しい情報を知ることが、ご自身の選択を支える力になります。

<アピタル:インタビュー・アピタルがんインタビュー> http://www.asahi.com/apital/channel/interview/

田村建二

田村建二(たむら・けんじ) 朝日新聞編集委員

1993年朝日新聞入社。福井支局、京都支局、東京本社科学部、大阪本社科学医療部次長、アピタル編集長などを経て、2016年5月から編集委員。