がんの治療を続けながら、働いたり、家族と暮らしたりする人が増えています。闘病しながら日常生活を送るとき、薬の副作用による「外見の変化」が大きな苦痛になる場合があります。脱毛や肌、爪のトラブルといった外見の変化が起きた時、どのように向き合い、対処すればよいのでしょうか。戸惑う患者たちを支える活動を続けている、国立がん研究センター中央病院・アピアランス支援センター長で、臨床心理士の野澤桂子さんに、がん闘病中の外見のケアについて聞きました。「多くの場合、特別なことをしなくても、少し工夫するだけで、普段通りの生活を送ることができます」と野澤さんは言います。

(聞き手=鈴木彩子、図はいずれも国立がん研究センター提供)

Question外見のケアが必要とされる背景は

Answer 闘病中の「外見のケア」への関心が高まりはじめたのは、日本では2000年以降、05年ごろからです。アンチエイジングという言葉が急激に露出するようになったのもこの頃で、がんだけでなく、世の中全体として「外見」への関心が高まっているような気がします。  医療の進歩に伴って生存期間が延び、「どれくらい生きるか」から「どのように生きるか」へと関心が移ってきたこと、入院日数が短くなり、外来で通院しながら闘病を続ける患者が増えたこと、制吐剤などの進歩によって副作用の身体症状が少し軽くなったこと、なども背景にあります。厚生労働省の調査では、働きながら治療を続ける人は、32.5万人に上ります。社会生活を送りながら闘病を続けるための環境整備が必要になってきました。  2009年に、がんセンターで化学療法を受けている通院患者638人(男性264人、女性374人、平均年齢59.5歳)に、「治療に伴う身体症状の苦痛」を尋ねました。女性では乳がんや血液がん、肺がんなどで、「吐き気」や「全身の痛み」などを抑えて、「脱毛」の痛みの点数が一番高いという結果が出ました(=図1)。外見の問題がこれほど大きな痛みになっていることを、改めて実感しました。

Question外見のケアとは、そもそも何か

Answer 「外見のケア」というと、美しくすること、と捉えられがちですが、実は違います。また、単に隠せば解決するというものでもありません。外見の痛みの本質は、社会との関わりの中で生じる、社会的な痛みです。もし、無人島に1人でいたら、外見を気にする人はほとんどいないでしょう。患者さんは、家族や友人、会社の同僚、取引先といった、人との関係が変わってしまうのではないか、ということを悩んでいます。だから、患者さんができる限り今まで通りの生活を送れるよう、外見の変化が障害になるならば、一緒に考えて取り除きましょうというのが私たちの行う「外見のケア」です。  外見のケアの支援とは、患者さんを社会とつなぐこと。患者さん自身が「まあいいか。大変なことも多いけれど、それなりに自分らしくやっていけるかな」と感じて、治療を続けられることがゴールだと考えています。

Questionなぜ「病院で」支援するのか

Answer 外見の支援が、単なる美容のアドバイスや製品の紹介なら、メーカーを紹介すればすみます。でも、その人の治療のプロセスや、生活環境などを知って、本当の意味でその人にあったアドバイスができるのは、医療者しかいません。外見が変化したときのその人の環境を聞いて、どう対応したら良いかを一緒に考えるのが、病院で行う支援です。「今のままでステキですよ」「温かい職場なら、そのまま飛び込めば大丈夫」と、ちょっと背中を押すだけで、問題が解決することもあります。  私たち国立がん研究センターでは、患者さん向けに外見のケアの基本を、お話するプログラムを毎週2回、開いています。このプログラムの参加者と、実際に化粧法を教えるメイクプログラムの参加者への効果を、感情の尺度を使って測ったところ、同じだけの効果が得られることも分かってきました。必ずしも美容の技術を用いなくても、患者さんに元気になっていただくことは可能なのです。

Question実際に起こる外見の変化とは

Answer 抗がん剤はがん細胞を標的にした薬ですが、健康な細胞も間違えて攻撃してしまうために、副作用が起こります。外見に関する主な症状は、①毛髪(髪、眉毛、まつ毛、鼻毛などの体毛)の脱毛、薄毛、②皮膚の変色、乾燥、湿疹、③爪の変色、ひび割れ、④むくみ、などです。毛髪は、抜ける代わりに髪質が変わったり、変色したりする場合もあります。起こる症状は、使う薬によって異なりますので、医師に確認してください。  髪の脱毛は一般的に、治療開始から2~3週間で抜けはじめ、1週間ほどかけて抜け終わります。爪の変化はもう少し遅く、治療開始から1カ月ほどで症状が出始めます。治療が終われば、こうした症状の多くは回復します。例えば髪の毛なら、治療後3カ月ほどで再発毛を実感できる患者さんが多く、手の爪は半年ほど、足の爪は1年ほどで戻ることが多いです。髪の毛は、最後の抗がん剤終了時には再発毛が始まっている、という研究報告もあります。

Question変化に対処するコツは

Answer では、どう対応したらよいかというと、ごく一部の方を除いて、特別なことは必要ありません。普段通りのことをすればよいのです。肌色が少し黒ずむなどの変化なら、普段使っているファンデーションを1~2段階暗くして使えば自然にカバーできます。スキンケアには、普段使っている保湿剤などをたっぷり使えば十分です。爪の変色が気になるなら、普通のマニキュアを塗れば気にならなくなります。「爪が黒くて、仕事で名刺を出せない」という男性には、肌色のマニキュアに、つやを消すマットコートを重ね塗りする方法を紹介することもあります。カバーメイクなど専門的な対応が必要になる患者さんは、全体の1割ほどです。  頭髪の脱毛には、ウィッグを使う患者さんが多いです。ウィッグ選びに戸惑う方も多いと思いますが、選び方のポイントは3つ。①予算、②かぶり心地、③自分で「似合う」と思うかです(=図2)。

Question変化に対処するコツは

Answer では、どう対応したらよいかというと、ごく一部の方を除いて、特別なことは必要ありません。普段通りのことをすればよいのです。肌色が少し黒ずむなどの変化なら、普段使っているファンデーションを1~2段階暗くして使えば自然にカバーできます。スキンケアには、普段使っている保湿剤などをたっぷり使えば十分です。爪の変色が気になるなら、普通のマニキュアを塗れば気にならなくなります。「爪が黒くて、仕事で名刺を出せない」という男性には、肌色のマニキュアに、つやを消すマットコートを重ね塗りする方法を紹介することもあります。カバーメイクなど専門的な対応が必要になる患者さんは、全体の1割ほどです。  頭髪の脱毛には、ウィッグを使う患者さんが多いです。ウィッグ選びに戸惑う方も多いと思いますが、選び方のポイントは3つ。①予算、②かぶり心地、③自分で「似合う」と思うかです(=図2)。

Answer ウィッグ選びは、洋服選びと似ています。価格帯は、1万円を切るものから数十万円のものまで様々あります。Tシャツでも、千円前後のものから数万円のブランド品まであるのと同じです。価格の低い物が粗悪品というわけでもありません。自分の予算に合わせて選ぶことをおすすめします。乳がん患者約1500人を対象にした全国調査では、5万円未満のものを選ぶ人が全体の4割と、最も多いという結果も出ていました。最近は通信販売でも、試着や返品のできるものもありますので、治療前に2~3着試着してみるとよいでしょう。  「医療用ウィッグ」とうたっている商品もありますが、”頭が冷える”などの特別な効能があるわけではありません。普通のおしゃれウィッグが気に入れば、そちらをかぶればよいでしょう。毛量が多ければカットする、裏の肌あたりが悪ければ布を挟むなど、ひと手間かけるだけでなじんでいきます。また、ウィッグは前髪のあるものがほとんどなので、普段前髪のないヘアスタイルの人は、治療前にウィッグに合わせて自分の髪形を整えておくと、自然に移行できます。(=その他、詳しいケアのポイントは、動画をご覧ください)

外見のケア ~今まで通りに暮らすヒント~

Question近く、「アピアランスケアの手引き」を発表へ

Answer ちまたには、外見のケアに関する「トンデモ情報」があふれています。でも、薬の副作用で起こる外見の変化への対処法で、科学的根拠(エビデンス)のあるものは、薬から化粧品までほとんどありません。現在、こうした情報を国立がん研究センターの研究班で一つずつ精査しています。この夏には「アピアランスケアの手引き」としてまとめ、発表する予定です。皮膚障害への医学的な処置といった治療に関わる情報と、化粧や洗髪などの日常行為に関わる情報について、科学的根拠の有無をお示しする予定です。  病気になると、何か特別なものを使わなければいけないと感じる人も多いと思いますが、そんなことはありません。「肌に優しい」「無添加」などをうたった製品も多いですが、明確な基準はありません。過去に指定表示成分だった化学物質を使っていないことを「無添加」と表現したり(化粧品の成分は、今は全成分の表示が義務づけられています)、自社の過去の製品と比べて何か一つ成分を変えたことを「優しい」と表現したりすることも多く、必ずしもそれが"低刺激"かどうかとは別問題です。また、常温で日常、繰り返し使うことを予定した化粧品ですから、絶対的な無添加など逆に危険ですし、そのような場合は、例えば、「冷蔵庫に入れて何日で使い切ってください」と書いてあるはずです。  化粧品はそもそも毒にも薬にもならないものです。それならば、普段の生活で使っていた物が、その人に合っている可能性が高いと私たちは考えます。ですから、患者さんには「基本的には今まで通りのことをして。何か特別なことをするときは、楽しみながらやってください」とお伝えしています。決して、義務のようにやる必要はありません。

Question支援の輪は、全国に広がっているか

Answer 全国のがん診療連携拠点病院のスタッフに、外見のケアに関する研修を続けています。医師や看護師、薬剤師やソーシャルワーカーなど、医療に携わる約200人が研修を終え、北海道から九州まで点在しています。また、九州がんセンター、四国がんセンター、神戸大学病院では、患者向けの講習会も定期的に開いています(九州は今夏から本格実施の予定)。もし、病院で「オレンジクローバー」のバッジを付けているスタッフを見つけたら、研修を終えた200人の一人です。外見の不安について、気軽に尋ねてみてください。(=図3)

Answer こうしたスタッフが全国どこの病院にも最低1人はいて、患者さんの質問に1対1でさっと答えられる環境を整えることが、目標です。

<アピタル:インタビュー・アピタルがんインタビュー>

http://www.asahi.com/apital/channel/interview/

鈴木彩子

鈴木彩子(すずき・あやこ) 朝日新聞記者

2003年朝日新聞社入社。高松総局、静岡総局、東京本社科学医療部、名古屋本社報道センターなどをへて、2016年4月からアピタル編集部員。