高齢化社会が進む中、がん治療を受ける高齢者も増えています。がん治療を受けることで、高齢者のなかには、身体機能や認知機能が低下したり、思わぬ副作用が出たりすることがあります。治療が進歩するなか、高齢者に対してどのような治療が最適なのかが課題になっています。しかし、高齢者を対象にした研究は少なく、治療方針をどのように決めるかは、現場の医師の「さじ加減」に任されています。高齢者のがん治療に詳しい杏林大学の長島文夫さんに、現状と課題を聞きました。

■高齢者にとって最適な治療とは

 がんで亡くなる人のうち8割は65歳以上の高齢者です。「最近10年は特に80歳以上が増えている」と長島さんは言います。

 通常は患者の日常生活の状態を示す指標や臓器の機能などをもとに治療方針を決めますが、高齢者は同じ年齢でも元気な人とそうでない人の差が大きく、同様にあてはめると不都合なことがあります。また、年をとると、腎臓や肝臓の機能が低下して体の中に薬物が残ったり、副作用が出たりすることがあり、その結果、身体機能や認知機能の低下に結びつくおそれもあります。

  長島さんは「長生きをめざした結果、寝たきりになってしまうことがないよう、患者本人や家族で治療目的をよく話し合うことが大事です」と言います。関係学会による薬物療法のガイドラインづくりも始まっていますが、「研究はまだこれから」と話しています。
 

■高齢者のがん医療とは

Question 長島さんのご専門は何でしょうか?

Answer もともと抗がん剤の臨床開発を担当していました。新しい薬を開発する中で、高齢のがん患者が増えていると感じました。そういう高齢の患者さんに抗がん剤がどの程度使えるか、という疑問があり、高齢者のがん医療について研究するようになりました。抗がん剤だけでなく、手術や放射線、緩和医療なども対象になります。

Question 高齢のがん患者は増えているのでしょうか?

Answer 国立がん研究センターの「がん情報サービス」の統計では、2014年度のがん死亡者数は37万人。そのうち、83.7%が65歳以上、58.2%が75歳以上です。がんで死亡する人の多くは高齢者が占めています。

Question なぜ増えているのでしょうか?

Answer 加齢はがん発症の大きなリスクです。加齢とともにDNAの傷が蓄積しやすくなるので、高齢になるとがんを発症する人が増えてきます。日本は世界的にみても高齢者が増えており、がん患者も増えています。感覚的には10年前は70歳以上の患者さんが主体だったが、最近は80歳以上の患者さんが増えているという実感はあります。男性では、40歳以上で胃、大腸、肝臓など消化器系のがんによる死亡が増えますが、70歳代以上になると、その割合は減少し、肺がんと前立腺がんの割合が増えます。女性だと、40歳代では乳がん、子宮がん、卵巣がんの死亡が多くを占めますが、高齢なると、胃、大腸、肝臓などの消化器系のがんと、肺がんの割合が増えます。

Question 現状の高齢者のがん治療の現場どのような状況でしょうか?

Answer 高齢のがん患者が多いことから、がん診療に携わっている医師は日常的に高齢のがん患者を診察しています。しかし、高齢者に限った対策はこれまでありませんでした。一方で、治療法は進化しており、高齢者にどのような治療が最適なのかが課題となっており、現場は少々混乱し始めています。9月に厚生労働省のがん対策推進協議会で、この問題が取り上げられ、対策が始まりました。

【動画】 ①(4分25秒)

Question 高齢の患者さんの場合、どのように治療方針を決めたらいいのでしょうか。

Answer 高齢の患者に限らず、患者さんの希望、ニーズ、考え方は様々です。高齢だから治療をしなくていいという人ばかりではない。しっかりやりたいという人もいれば、治療はしたいけどつらくない方法がいい、あるいは、そもそも抗がん剤はつらそうだからやりたくない、という人もいて、治療の幅やニーズも広がってきます。治療の目標や患者さん自身の希望とか、ご家族の希望も反映させて治療方針を組み立てるのが重要です。予後の延長(延命)はもちろん重要ですが、高齢者の場合は、QOL(生活の質)の維持や向上を目標とすることもあります。寝たきりにならない治療法や、認知機能障害が進まないような治療法を選択することもあります。長生きを目指すのは主たる目標ですが、長生きできても寝たきりになってはよくありません。全身の状態と余命を考えるとのともに、治療によるメリット・デメリットのバランスを考えます。

Question 一般の患者と高齢者で治療の結果は違うのでしょうか?

Answer 50歳と80歳で同じ結果が出ることもあれば、80歳に副作用が出て、よくない結果となることもあります。通常、がん治療では「パフォーマンスステータス」という指標や血液データ、臓器機能を参考に治療方針を決めることが広くおこなわれます。年齢は一つの尺度です。80歳で元気の方もいれば、弱々しい方もいる。それらの指標をそのまま高齢者に使うのでは不十分な可能性がある。それをどうやって評価するか。見極める方法はまだ確立されているわけではありません。老年医学では、「高齢者機能評価」という考え方が広く使われています。これは病気そのものの評価以外に、身体的機能や精神的・社会的機能など、いろいろな項目を評価して治療に役立てようという考え方です。同様に、がんの領域でも、評価を治療に反映させる試みが展開されています。

Question 一般の患者と高齢者で治療の結果は違うのでしょうか?

Answer 年をとると、身体生理的な機能が変化することが予想されます。薬の代謝にかかわる腎臓や肝臓の機能が低下すると、体の中に薬物が滞留しやすくなり、副作用が強く出るおそれがあります。若い患者では軽いと思われる副作用が、高齢者では身体機能や認知機能の低下に結びつきやすくなることもあります。 また、全身の運動機能の衰えにより、歩行、食事、排泄(はいせつ)、入浴などの日常生活の動作(ADL)の能力が低下する傾向があります。糖尿病や高血圧などの慢性疾患などを複数わずらい、服用する薬が増えることも多くあり、薬が増えることで薬物相互作用が出て、いろいろな副作用の原因にもなります。

【動画】 ②(4分49秒)

Question 社会的な問題としては何があるのでしょうか?

Answer 高齢者の約3割は夫婦のみの世帯で、独居の人を合わせると全体の半数を超えています。最近は外来でがん治療を受ける人が増えています。通院しながら治療を受ける人は抗がん剤治療が中心になります。副作用が出たときに適切な管理ができるかが問題になります。手伝ってくれる同居の家族がいれば安心ですが、サポート体制が整っていない患者さんの場合は、介護保険を活用するなど社会的な支援が重要になってきます。生活保護を受ける世帯のうち高齢者を中心とした世帯が半数を超えているとの統計もあります。様々な理由で、就労できない、または就労しても十分な収入が得られないといった経済的な問題もあります。

Question 高齢者で積極的な治療の対象となるのはどのような人でしょうか?

Answer 身体機能や認知機能を見極めて判断することになりますが、まさにそこが難しいところだと思います。従来の治療の適用を考える上では、「パフォーマンスステータス」や臓器機能を参考にしますが、それだけでは判断しきれないこともあります。さまざまな尺度を活用して治療の適用が決められるといいですね。ただ、尺度の使い方は、まだ確立していません。いま、臨床試験でデータを集め、実際の現場で活用できないかを検討しています。

Question 治療法を確立するには、現状では何が足りないのでしょうか?

Answer 臨床研究、臨床試験を通して標準治療が確立されます。今までの臨床試験では、高齢者の患者さんは除外されていました。臨床試験向きではないと判断されてきたからです。今後は高齢の患者さんが増えてきます。そこで、高齢者のがんの臨床研究の方法論を議論した方がいいと考え、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)という組織で、高齢者を対象とする臨床研究の考え方を議論し、今年の5月にJCOG高齢者研究ポリシーをまとめました。その議論を通じて問題点や解決すべき点などを共有できました。いま、日本臨床腫瘍学会、日本癌(がん)治療学会、日本老年医学会で、「高齢者のがん薬物療法ガイドライン」の作成に着手したところです。高齢者のがん対策は、議論の第一歩を踏み出したばかり。どんな研究ができるかは、これからにかかっています。

【動画】 ③(2分28秒)

Question 杏林大学での取り組みは?

Answer 杏林大学では腫瘍内科と高齢医学の専門があります。私ががんと高齢者の研究を始めたきっかけには、高齢医学の先生方の存在が大きいです。日本には、「老年腫瘍学」という学問領域がどこにもありません。こういった領域の研究開発をする部門が必要です。そこで、まず老年腫瘍学という窓口を設置しました。海外との接点となったり、国内の研究者を束ねたりするしくみづくりをしていきたい。フランスでは、腫瘍学の学部教育や大学院教育で老年医学のカリキュラムを盛り込むなどして、がんの専門医が老年医学の知識を得られるような仕組みをつくり、老年腫瘍学を構築するのに約15年かかっている。日本でもヨーロッパ、アメリカのグループと協力して、まずは教育という視点から仕組みづくりをしていきたい。

【動画】 ④(2分17秒)

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    北林晃治

    北林晃治(きたばやし・こうじ) 朝日新聞記者

    2002年朝日新聞社入社、北海道報道部、さいたま総局をへて、東京本社生活部、科学医療部。厚生労働省など社会保障、医療分野を取材。東日本大震災後、社会部をへて再び科学医療部へ。2016年9月からアピタル編集部員