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見納め 名古屋城現天守

「享元絵巻」「堀川観桜船図」

 ■「享元絵巻」 城下のにぎわい・風俗伝える

 尾張藩7代藩主・徳川宗春(1696〜1764)の時代の名古屋・本町通の様子を描いた絵巻が「享元(きょうげん)絵巻」(1731〜36)だ。全長372センチ。当時、城下の目抜き通りだった本町通のにぎわいを今に伝えている。右端に描かれた広小路通が北側となる。

 写真の部分では、中央奥に大須観音があり、大勢の参拝者や、参道の食べ物屋、見せ物小屋などが描かれている。名古屋市の小西恒典学芸員は「城下のにぎわいが描かれた絵はそれほど多くない。当時の風俗を知る上で貴重な資料です」と話す。

 宗春は文化や娯楽の規制を緩め、遊郭や芝居小屋の誘致など開放的な政策を打ち出した。城下は役者や芸者、商人などでにぎわい、民間経済は活性化したが、税収につながるシステムをつくらなかったため、藩財政は困窮したという。

 <名古屋城総合事務所提供>

 ■「堀川観桜船図」 大動脈の堀川、行楽地の顔も

 名古屋市中心部を南北に貫く堀川は、名古屋城築城に合わせて1610年に福島正則が開削した。海から離れた名古屋の城下町に、熱田の浜から米、野菜、塩などの物資を運ぶ大動脈として発展を支えた。川沿いには蔵や貯木場が設けられた。

 文化年間(1804〜18)には中流にある日置橋付近に桜や桃が植えられ、明治初期ごろまで花見の名所となっていたという。「堀川観桜船図」は、屋形船で川を下りながら、花見を楽しむ人々が描かれた。「花見にと いつる娘の玉揃(ぞろ)い たまも黄金も堀川桜」の歌も書かれている。小西学芸員は「運河のイメージが強い堀川ですが、行楽地としての顔もあったことが分かります」と語る。(関謙次)

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