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見納め 名古屋城現天守

「金城温古録」「御本丸廻之図」

写真:名古屋城総合事務所提供 拡大名古屋城総合事務所提供

写真:名古屋市中区の名古屋城 拡大名古屋市中区の名古屋城

 名古屋城の天守や本丸御殿は、1945年の空襲で焼失したが、失われる前の状況を伝える史料が数多く残っている。名古屋市が史実に近い形で建物を復元できるのは、これらのおかげだ。

 江戸時代の城内の様子を記録した「金城温古録」(1902年完成)は、その一つ。建物の間取りや柱の位置が、平面図や立体図を使って詳しく書き込まれている。

 尾張藩士の奥村得義(かつよし)(1793〜1862)と養子の定(さだめ)(1836〜1918)がまとめた全64巻の大著だ。原本は東洋文庫(東京都文京区)と名古屋市蓬左文庫(東区)が保管し、天守内で現在、写しが展示されている。

 得義が尾張藩から名古屋城の記録を命じられたのは1821年。得義はまず、城内をくまなく調べ、膨大な資料の収集や書き写しに取りかかったという。

 「名古屋城御本丸廻(まわり)之図」(1854年)は得義が目にした資料の一つと考えられ、本丸をはじめ西之丸、御深井(おふけ)丸など本丸周辺の測量結果を詳しく記している。「名古屋城本丸御殿中之図」(1822年)も同様の資料で、本丸御殿の各部屋の畳数が朱書きされている。

 得義が、調査と並行しながら執筆を始めたのは1842年。60年に前半31巻を完成させたが、間もなく死去した。定が引き継いだものの、明治維新で一時中断。ようやく1902年に全巻が完成し、尾張徳川家に献納された。

 江戸時代の城内の状況が他の城に比べて格段に詳しく分かるのは、親子2代にわたる事業の成果だった。(関謙次)

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