朝日新聞デジタル：練り物にも壮大な歴史　八田靖史 - 福岡・北九州

海峡往来真発見

練り物にも壮大な歴史　八田靖史

サムジンオムク本店のベーカリー風の売り場

八田靖史さん

　◇韓国料理ライター・八田靖史

　北風が冷たくなって、おでんの恋しい季節である。韓国でも、おでんは冬の風物詩として親しまれ、呼び名も日本語の「オデン」がそのまま使われる。

　主に町中で屋台料理として販売され、串にさした練り物を中心とする。小腹が空いたときに１本、２本とつまむスナック感覚の料理であり、一緒に売られている「キムパプ」（海苔＜のり＞巻き）や「トッポッキ」（餅の甘辛炒め）を頼んで簡単な食事とすることも多い。

　全国どこでも見かけるが、韓国において本場とされるのは釜山だ。釜山は韓国を代表する港町で、練り物の原料となる海産物が豊富な地域である。また、日本から距離的にも近いため、１９世紀後半から２０世紀前半にかけて、多くの日本人が練り物の店を開いた歴史もある。１９１６年１０月２１日付の「釜山日報」を見ると、当時の釜山には１６軒もの「蒲鉾（かまぼこ）屋」があったとか。これらが素地となって現在の名声がある。

　現在の韓国における最も歴史の古い練り物メーカーも釜山にある。影島（ヨンド）区の蓬莱市場（ポンネシジャン）近くに本店を構える「サムジンオムク」は５３年の創業。国内の２０カ所に店舗を展開し、海外にも進出している老舗だ。２０１３年には本店をベーカリー風にリニューアルして、韓国内でおおいに話題となった。トレーとトングを手に好みの練り物を選ぶスタイルは旧来のイメージを刷新し、おしゃれな料理として生まれ変わらせた。

　リニューアルと同時に発売された「オムクコロッケ」も話題の新商品である。直訳すると「練り物のコロッケ」だが、日本のコロッケとは少し違う。

　言葉としては日本語由来と見られるが、韓国のコロッケは野菜やひき肉などの具を詰めた揚げパンを指す。そのパン生地を練り物に置き換えたものがオムクコロッケだ。ジャガイモ、エビ、チーズ、牛肉、青唐辛子、サツマイモの６種類が販売されており、ぷりっとした食感の練り物から、個性豊かな具が飛び出してくるのが面白い。そのまま食べて手軽なおやつに、あるいは釜山土産としても定番となった。

　日本人としてはオデン、コロッケというなじみの単語と、変化のギャップに驚くが、古くからの食文化を見ていくとそのまま残った日本語は意外に多い。

　サムジンオムクの売り場を見ていて、ひとつ気になったのが、「チョンオランダ」という商品である。同社広報チームのイ・ヘインさんによれば、魚肉の使用比率を高めた高級志向の商品。チョンは発売当時の価格「千（チョン）ウォン」を示し、オランダはこの種の練り物を指す日本から伝わった言葉ではないかとのことであった。

　確かに国名としてのオランダは韓国で「ネーデルラント」と呼ばれる。ほかにオランダというと、昔ながらの揚げ菓子があり、これも含めて日本から伝わった可能性は高い。東京出身の私にはなじみがないのだが、距離的に近い九州には「オランダ揚げ」という練り物があるとも聞く。

　こうした呼び名が韓国へと渡って、少しずつ変化をしながら定着。そんな過程を想像すると、ひとつの練り物にも壮大な歴史が感じられて面白い。

　（次回の筆者は俳優の黒田福美さん。８日の掲載を予定しています）

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