海峡往来真発見
韓国の「唐津」、生シラス旬 八田靖史
◇韓国料理ライター・八田靖史
4月になると唐津に行きたくなる。
と言っても、佐賀県唐津市の話ではない。韓国にも唐津という地名があり、韓国語では「タンジン」と読む。命名は統一新羅時代の8世紀であり、韓国中西部にあって西海岸に面する地域であることから、「唐との往来で栄えた港町」と、その語源が推測されている。
その唐津を訪れて感銘を受けたのが、ちょうど一昨年の4月だった。めざしたのはツツジを用いて造る伝統酒の蔵元。「汚川杜鵑酒(ミョンチョントゥギョンジュ)」という薬酒を生産しており、汚川は唐津市内の地名を、杜鵑がツツジを意味する。もち米と小麦麹(こうじ)を主原料としつつ、春に摘んだツツジの花を乾燥させて加えるのだが、その製法にはちょっとした逸話が伝えられている。
10世紀に建国した高麗王朝の功臣に卜智謙(ポクチギョム)という人物がいるのだが、故郷である汚川に帰った際、病気で倒れ、薬を飲んでも治ることがなかった。心配する娘が天に百日祈祷(きとう)を捧げると、近隣にある峨眉山(アミサン)のツツジと湧き水で酒を造って飲ませよ、とのお告げがあった。そこでその通りにしてみたところ、なんとたちまち病気が治ったという。話の舞台となった峨眉山や、その酒に使った湧き水、一緒に植えた銀杏(いちょう)の木などは現在も史跡として残っている。
飲んでみると、トロリとした口当たりで、もち米のコクと甘みを豊かに感じられる。地元では薬扱いというよりも、祝い事やおもてなし用の特別な酒として親しまれているそうだ。韓国にわずか3種類しかない、国の重要無形文化財として指定された酒であるのも地元の自慢である。
もうひとつ、唐津には4月ならではの味覚がある。それが市北部の長古項(チャンゴハン)港でとれる生シラス(シラウオの稚魚)だ。韓国語では「シルチ」と呼び、直訳すると糸の魚となる。シルチのとれる地域はほかにもあるが、長古項港ではその漁場が港からたいへん近く、鮮度を最大限に保ったまま水揚げできることから高く評価されている。
食べ方としては、まず「シルチフェ」と呼ばれる刺し身。と言っても醤油(しょうゆ)でさっと食べるのではなく、生野菜と和(あ)えるのが韓国式である。千切りのキャベツやセリなどを甘辛酸っぱいタレで和(あ)え、これとシルチを絡めて一緒に味わう。シルチのつるんと滑らかな食感と、シャキシャキとした野菜が重なりあって、なんとも春らしい爽やかな味わいとなる。これをごはんに載せてシルチのビビンバにしてもおいしい。
あるいはシルチをたっぷり入れたチヂミも定番であるし、ホウレンソウと一緒に味噌(みそ)仕立ての鍋にした「シルチクッ」も魅力のある一品。刺し身のプチッとした食感とは対照的に、ほんわり柔らかに煮上がったシルチが格別である。
保存用としてシラス干しやタタミイワシも作られるのだが、1980年代までは日本にも輸出していたそうだ。シラス干しのことを地元では「ニブシ」とも呼び、どうやら煮干しが語源となっているらしい。
長古項港がシルチ漁で賑(にぎ)わうのは3月下旬から5月上旬ごろまで。今年のシルチ祭りは4月27〜28日に開催される。
(次回の筆者は俳優の黒田福美さん。27日の掲載を予定しています)
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