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酒よ【高く、高く】

(12)意気投合 定番「本丸」が完成

写真:十四代の造り手、高木顕統さん=山形県村山市 拡大十四代の造り手、高木顕統さん=山形県村山市

 郡山市にある酒販店「泉屋」の佐藤広隆(47)が、山形の銘酒「十四代」を造る高木顕統(47)と知り合ったのは1994年。いまから21年前のことだ。同い年の2人は意気投合した。

 泉屋はいち早く十四代の取引を始めた。扱う酒販店は全国でまだ5軒もなかった。翌年から、広隆は高木の酒造りを手伝うようになる。1週間ほど蔵を訪れ、寝起きをともにした。

 高木は広隆に出会う前、初めての造りでは精も根も尽き果てて入院した。いまも広隆に感謝する。

 「杜氏が引退し、呼び戻されて酒造りを始めた。もがき苦しんでも相談できる相手は誰もいない。そのとき、彼がそばに来てくれた。それまで言えなかったことを彼には言えた。心を少しだけ晴れやかにして酒造りに取り組めた」

 相談したのは価格や売り方だけではない。真っ先に持ちかけたのは「季節商品だけでなく定番酒を造りたい」。東京のスーパーマーケット「クイーンズ伊勢丹」で酒売り場を担

当していた高木は、固定客をつかむには常時出荷する酒が必要だとわかっていた。

 2人をそこまで結びつけたのは広隆の父、隆三の存在が大きい。5年前に73歳で亡くなった泉屋初代社長だ。

 隆三が泉屋を始めたのは酒販売業の「免許」が取れた1963年。郡山市の蔵元で営業の仕事をしてから泉屋の酒を配達する二足のわらじを続け、78年にその蔵が酒造りをやめると独立した。

 当時は新潟の酒が真っ盛り。人気の酒「越乃寒梅」と取引ができるまで、蔵元に年に2回、10年間通い詰めた。

 その経験から、隆三は息子に二つのことを伝えた。

 「自分が『いい酒だ』と思ったら取引が成就するまで蔵に通え」。もう一つは「酒にまずいものはない。あるのは好みだけだ。酒はみんないい」。

 そんな隆三宅に、高木は酒造りを終えると泊まりに訪れた。「自家栽培の野菜でもてなしてくれ、すごく楽しみにしていた」と高木は言う。

 広隆が蔵に来た1年目、高木は定番酒を完成させた。だが、考えた酒の名前を隆三と広隆に披露すると、そろって反対された。「その名前じゃ売れない。もっと印象に残る名前にしないと」

 高木と広隆の2人はやがて一つの名前にたどり着く。

 「本丸」だ。=敬称略(岡本進)

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