みちのく週末【勝手に東北世界遺産】
第190号「奇形ブナ」
●高橋大輔(探検家)/切られ続けて高まった生命力
奇形ブナが800本以上も生える森がある。秋田県にかほ市にある中島台レクリエーションの森だ。幹がいくつにも枝分かれし、いびつなコブで覆われている。中でも「あがりこ大王」と呼ばれる巨樹が人目を引く。高さ25メートル、幹の周囲は7.62メートルもある。推定樹齢300年以上とされ、まさに森の主と言っていい。
奇形ブナは他県でも見かけるが、森全体に広がっているのは全国でも珍しい。「象潟町史」によれば、溶岩立地説、季節風説、人為影響説などがあり、今も謎だ。なぜそのようなブナの森が誕生したのか。
地元で山仕事の経験がある斎藤治雄氏(84)に話を聞いた。昭和30年ごろまでブナは炭焼きの木材として利用された。電気が普及するまで、木炭は主な熱源だった。木炭作りは農閑期に当たる冬の山仕事で、2メートルを超える積雪をかき分けて森に入るだけでもひと苦労。各集落ごと10人ほどで小屋掛けをし、石を組んで炭焼き窯をこしらえた。切り出した木を雪そりで運び、4尺(約1.2メートル)に切って窯で一昼夜かけて炭にする。家族総出で行われる仕事は過酷で、流産した女性もいたという。
木や切り方を決めるのは長老だった。根本から切り倒さず、残しておくしきたりがあった。伐採を繰り返すうち切り口が一種のカルス(癒傷組織)としてコブ状になった。
「『ゼー』って呼んでた」。斎藤さんは奇形ブナの昔の呼び名を教えてくれた。「ゼー」は、幹からまっすぐ伸びた若い枝を意味する「ずわえ」に由来する方言。切っても切っても切り口から力強く枝を伸ばしたのでそう呼んだという。
全国には、成り木責めが伝わる。果実の収穫や木の成長を願い「切るぞ」と木を脅す民俗風習だ。奇形ブナは切られ続けて生命力が高まり、大きくなって樹齢300年にも達したのだろう。地元の人が木を絶やすことなく共存してきた象徴なのだ。
白神山地のように手つかずのまま残したい自然ばかりではない。東北人が生活を通して、守り伝えてきたこんな自然こそ後世に伝えたい。
◆たかはし・だいすけ 秋田市出身。南米で2005年、ロビンソン・クルーソーの実在モデルの住居跡を発見。5月に新著「漂流の島」を出版。
◇ ◇
秋田県北部の山にあるブナ林にゴールデンウィーク、お邪魔した。白神山地の近く。すっと伸びる幹と枝。先には、日光を受け止めようと、無数の若葉が広がっていた。
「遭難時も見つかりやすい」なんて理屈で、山歩きの時はオレンジ色のジャンパーを着るのだが、すっかり埋没してしまった。妻は「緑がまぶしい。あなたの服、全く目立たない」とつぶやいた。
この風景を知らなかった。恥じ入りつつ、また見たいと思う。まだ梅雨前。さあ、山を歩く計画を立てよう。
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