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東日本大震災6年 ふくしま

葛尾の凍み餅づくり復活

写真:自然乾燥させている凍み餅=20日、葛尾村 拡大自然乾燥させている凍み餅=20日、葛尾村

写真:「ふるさとのおふくろフーズ」の前に立つ代表の松本富子さん=15日、葛尾村 拡大「ふるさとのおふくろフーズ」の前に立つ代表の松本富子さん=15日、葛尾村

 ●6年ぶり、農家のお母さんらの会社

 葛尾村で、特産の「凍み餅」づくりが6年ぶりに始まった。地元農家のお母さんたちの製造販売会社「ふるさとのおふくろフーズ」が復活。東京電力福島第一原発事故による全村避難で途絶えかけた寒冷地の食文化が後世に引き継がれる。

 ●「震災前の食文化を残したい」

 凍み餅作りは、手間がかかる。

 もち米に山野草のごんぼっぱ(オヤマボクチ)、ヨモギなどを混ぜて蒸す。かまぼこ状に切った餅を12個ずつひもでつないで一つの連に。水に浸し、気温が零下4、5度となる夜間に屋外につるし、凍らせ、未明に取りこむ。そして、1カ月以上、自然乾燥させる。

 村は昨年6月に帰還困難区域を除いて避難指示が解除された。

 「おふくろフーズ」は古い作業場を解体し、広さ約2倍の新しい作業場を完成させた。今月15日、代表の松本富子さん(80)と長女、三女、孫の嫁の4人態勢で製造を始めた。松本さんは「やっとこの日が来た。ほっとしています」と笑顔を見せる。

 松本さんが子どものころ、どの家庭でも保存食の凍み餅を作っていた。地域総出で農作業をした合間などにはおやつになった。給食にパンや牛乳が出るようになったころから、作られなくなったという。

 「地域の食文化を残したい」と、松本さんが村の生活改善グループや農協婦人部の女性6人で「おふくろフーズ」を立ち上げたのが1990年。地元の契約農家がもち米はもちろん、ごんぼっぱやヨモギを自生している里山などから集めてくれた。「村民が手をつなぎ、輪になっているような取り組みだった」

 凍み餅は人気商品となった。県内外から注文が増え、2011年には8800連作った。発足当時の11倍。「今年は生産が注文に追いついたね」とスタッフが喜んだ矢先の3月、東日本大震災が発生した。原発事故で全村避難となり、出荷前なのにほとんどを廃棄せざるを得なかった。

 「もう悔しくて。家族で転々とした避難先でもずっと凍み餅のことを考えていた」と松本さん。病にも倒れ、数カ月入院したが、顧客や契約農家から「早く再開してほしい」と励まされ、再開への支えとなったという。

 ごんぼっぱなどは除染済みの畑で採れたもので、放射性物質の検査も徹底する。全村避難の間に集落にイノシシが出没するようになったため、屋外でなく冷凍庫で凍み餅を凍らせている。

 20日から本格的な乾燥作業を始めた。約1千連作り、4月から出荷を始める計画だ。「おふくろフーズ」のほか、東京の「日本橋ふくしま館 ミデッテ」などでも販売予定。出荷規模を元に戻すためにも村の里山の除染が課題だ。

 「震災前のにぎやかな村に戻ってほしい。みんなで輪になって、食文化を含めた古里の良さを残したい」

 松本さんの願いだ。(高田誠)

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