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みちのく週末【勝手に東北世界遺産】

第219号「岩根橋発電所」

写真:朽ち果てた岩根橋発電所跡=花巻市東和町 拡大朽ち果てた岩根橋発電所跡=花巻市東和町

写真:かつて「めがね橋」と呼ばれた岩根橋が発電所跡からうっすら見えた 拡大かつて「めがね橋」と呼ばれた岩根橋が発電所跡からうっすら見えた

 ●熊谷航(遠野市学芸員)/忘れられ苔むした「文明」の跡

 かつて遠野市宮守町の郷土史家、水原義人さん(86)から聞いた話が、頭からずっと離れなかった。遠野市と花巻市にまたがる場所に「アンコールワット」がある、というのだ。言わずと知れたカンボジアの世界遺産、忘れ去られた石造遺跡群である。

 JR釜石線の岩根橋駅の脇を流れる猿ケ石川の対岸だと聞いた。草木が枯れないと歩きにくい。積雪期も入れないという。条件が整うのを待ち、ようやく初冬に訪れた。

 やぶをこぎ、30分ほど傾斜地を登ると、苔むした石造物群が現れた。大正時代半ばから昭和中ごろまで操業していた岩根橋発電所の跡だ。

 数十段の石段が、山頂に向かって続いている。半分埋もれたそれを登りきると、大きなトンネルがあった。山の向こうの田瀬湖の水をここに引き、落として発電していた。

 何もなかった場所に、電力を利用するカーバイド工場や砂鉄精錬工場などができた。木造3階建ての従業員住宅が建ち、家族連れらが移り住んだ。飲み屋が4軒、魚屋も豆腐屋もたばこ屋も店を開く。周辺の小学児童の遠足は、ここになった。共同便所を整えた公園には桜並木がつくられ、花見客であふれかえった。

 何しろ、町に電気が通っていた。山腹に、ネオンがともることもあった。マイクやアンプなどの電化製品があふれ、それらを使った演芸大会は、他の地区からも出演要請の声がかかるほどの人気だった。婦人たちは、移り住んできた踊りの名取に稽古をつけてもらっていた。

 「岩手県で最大級の文明の町だったんだ」。地元に住む菊池功さん(81)は、案内しながら当時のことを教えてくれた。菊池さんが小学6年生のとき、社宅の子供たちは123人。皆を引き連れ、列車で宮守小まで通っていた。

 今、この地区に児童は1人しかいない。従業員社宅の跡は草に覆われ、人が暮らしていた痕跡は何もない。忘れ去られた岩手のアンコールワット。石造物を触りながら、ゆっくりと歩いた。

 ◆くまがい・わたる 1980年、一関市生まれ。北海道北斗市の臨時職員を経て遠野市役所職員に。2014年から調査研究課学芸員。

    ◇        ◇

 宮沢賢治の詩に「発電所」がある。岩根橋発電所を詠んだものである。1925年、現地にやってきて書いた。その前後から、賢治の詩に「電気ぶどう酒」や「電気リス」「電信ばしら」などが盛んに出てくる。「銀河鉄道の夜」の列車も、電気で走っていたらしい。

 賢治が寝そべったという場所でまねしてみた。当時、めがね橋と呼ばれていた岩根橋が見えた。そこから列車が、天空に向かっていく姿が想像できた。

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