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東日本大震災 7年

石碑でつなぐ津波の教訓

写真:大戸浜区長(右端)から説明を聞く、小賀坂美咲さん(左端)。津波の浸水を免れて住民が避難した道をたどった=新地町大戸浜 拡大大戸浜区長(右端)から説明を聞く、小賀坂美咲さん(左端)。津波の浸水を免れて住民が避難した道をたどった=新地町大戸浜

 東日本大震災の津波で100人を超える犠牲者が出た新地町。同じ悲劇を繰り返さないために何ができるのか―。地元の高校生たちが津波被害の現場を歩き、町の歴史を調べて、たどり着いた。教訓を伝えるため、「石碑」を建てようと。

 ●新地校生、建立へ奮闘

 津波でほぼ全域の家屋が流され、30人が命を落とした新地町大戸浜。震災後に作られた真新しい堤防が海と陸を隔てている。2月上旬、堤防を背にして新地高の生徒3人が歩き出した。津波が到達した地点を調査するのがこの日の目的だ。

 数分かかって海を見渡す高台の墓地にたどり着いた。標高は約15メートル。生徒を案内した区長はこう説明した。「津波で流された車が墓の上にあった」。1年生の小賀坂美咲さん(16)は「こんなところまで津波が来たんだ」とつぶやいた。

 ●被災の歴史調査

 生徒9人が津波で亡くなった新地高は、津波被災の教訓を残す活動に取り組み、生徒6人ほどが沿岸部の住民から津波が到達した地点を聞き込んだり、同じく津波被災地である宮城県立志津川高の生徒と意見交換をしてきたりした。

 その一環として、小賀坂さんらは町の津波被災の歴史を調査。平安時代前期の貞観地震(869年)と江戸時代前期の慶長奥州地震(1611年)による津波で死者が出たとする記録が残っていたという。

 だが、津波で浸水したとされる町の沿岸部には、浸水地域や高さを示すものがなかった。

 「このままでは震災の教訓が生かされずに忘れられてしまう」。そんな危機感が、教訓を伝える石碑建立の活動へと生徒らを向かわせた。

 ●必死の経験から

 小賀坂さんら生徒らの強い思いは、実際の経験に基づいている。小学3年生の時、小賀坂さんは教室で大きな揺れに襲われた。

 実家に戻ると「ジェット機のような音が海の方から聞こえた」という。祖父が津波に気づき、車で内陸に逃げた。車中で振り返ると黒い津波が数百メートルまで近づいていた。

 「生き延びた自分だからこそ、経験を語っていける」。小賀坂さんは語り部として、日ごろから避難経路を確認しておくことの大切さを訴える活動にも力を入れる。

 まだ石碑が建つメドは立っていないが、地元の石材店に協力を依頼したり、県や町の補助金を資金として活用できないか検討したり、奮闘中だ。

 「東日本大震災の記憶を数百年後の人に伝えたい」と小賀坂さん。津波の教訓を引き継いだ後の世代にさらに更新してもらうために、石碑には「100年後に建て替えてください」といった文言を盛り込もうと考えているという。(飯沼優仁)

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